2017年02月04日

一読、十笑、百吸、千文字、万歩

ボケず、人生を楽しみ全うするための秘訣がコレ。



一日1回はそれなりの文字数の文章を読み

一日十回は大きな声で笑い

一日百回は深呼吸をしたり自分の呼吸に意識を向けて

一日千文字程度の文章を書いて

一日1万歩のウォーキングをする。



これを続けることで

年を重ねても、頭脳明晰、好奇心旺盛、行動力抜群で

ポジティブな毎日を送れること間違いなしということのようだ。



どれもしっかりとした根拠もありそうだし

やって悪いことでないことは明らかなので

足りないと思う項目を意識して実行すれば

楽しい人生後半を過ごせるのではないでしょうか。







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2017年02月03日

わからないこと、ままならないことは一生の宿題

2月1日放送のNHK朝の連続ドラマ「べっぴんさん」第100話で

主人公のすみれに父親の五十八が語りかけるこんな台詞があった。





わからんこともあるし、ままならんこともある。

そやけどそういうことは、一生かけての宿題やと思うてたら

人はいくつになっても成長できる。

それは仕事だけに限ったことやないで。






ドラマとしては、この台詞を機に

父親のお役御免を図ろうとしているように感じられたが

僕的にはしみじみとこの台詞が心に沁み込んできた。



わからないこと、あるよな いっぱい。

ままならないこと、あるよな いっぱい。



そういうことに腹を立てたり、腐ったり、凹んだりすることはあるけれど

宿題だと思って時間をかけて解決しようとは思わなかった。



いつも限られた時間の中で

スピーディに解決したり処理したりしなきゃいけないと思い込んでいた。



だけど、そうか、すぐに解決策が見つからなくても

じっくり取り組めばいいのか。

辛い時間や悩む時間は続くかもしれないけれど

時間かかってもいいんだとの思いがあれば

腰をすえて落ち着いて問題に向き合える気がした。



人はいくつになっても成長できるって

こういうことなんだと気がついた。









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2017年02月02日

涙が出てきたら、流れるにまかせよう

ここのところ ゴッドタンの「バカヤロウ徒競争」にはまっている。

前後編に分かれていて

前編の千鳥ノブと矢口真里

後編の矢口真里が面白い。



前編は単純に笑えて面白く

後編の矢口はちょっとウルっとする。



でも 夜 一人で見てるから 気兼ねなく泣ける。

感動して流す涙は すがすがしく気持ちよい。













posted by 昨晩 at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

風花やあてずつぽうに曲る角

外は寒い

風花が時おり舞っている

寒いのだけれど なんとなく歩いてみたい

そんな気分に抗えず 1月のある日

ふらりと外に出た



灰色の雲が空を覆い 通りには誰もいなかった

しんとしたなかを あてもなく歩き始めた

特に周りを見るでなく さりとて考え事をするでなく

ゆっくり歩き続けた



そんなに広い町でもないし

小さいときから住んでいる町でもあるので

どの道もどの路地もよく知っている道であり

一度は通った道である



足の向くままに歩き続け

さして意識もせず とある角を曲がったときに

道路に面した生垣に すばやく走りこむ子供の背中が一瞬見えた



その服装 その姿かたちを

ずっと昔に見たことがあるような不思議な気分に包まれた



母親の具合が悪いと家から連絡があったから

すぐ帰宅するように

授業中に先生からそう告げられ

僕は学校から家まで走り続けた



朝家をでるときはいつもと変わらない母だったのに

その後何があったのだろうか

具合が悪いって 今母はどんな状況なんだろうか

どうかなってしまったらどうしよう

不安で胸がふさがりそうになりながら

家まで走り続けた

曇った空の下 通りには誰もいなかった

不思議な気もしたけれど いつもそうだったような気もした

ただ 風花が舞っていた 寒さは感じなかった



家まで近づき とある角を曲がった瞬間

言いようのない気配

悪寒というのか 感覚に直接ぶつかってくる薄気味悪さを背中に感じて

反射的に僕は道路わきの垣根の隙間に飛び込んだ





■掲出歌 / 高田正子









posted by 昨晩 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

新年快楽!

辞旧歳不忘故友
 
迎新年恭祝安康
   
爆竹声捎去問候
   
除夕夜迎祥纳福 



過ぎた年に別れを告げても、古き友のことは忘れない

互いの健康と繁栄を祈り新年を迎える

その声は爆竹の音にかき消され

大晦日の夜は幸せに過ぎていく







中国をはじめとする中華圏の国では

旧正月(春節)を新年として祝います。

今年の旧正月は1月28日でした。




posted by 昨晩 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人が見た気でいたものを 僕はこの目でしかと見た

本当 を見るのは辛い



知らなかった で通せるなら通したい

だけど 遠からず

それは見えてくる

じわじわと いろんな形をとって迫ってくる

そしてあるときふいに気がつくのだ

なにかおかしいと

これはひょっとしたら

本当 じゃないかと






つきかげに いろはえて はなとさく 

ふきあげの ふりそそぐ なみだあめ







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2017年01月28日

偶然とは、努力した人に運命が与えてくれる橋です。

お互いが思っていようがいまいが

そうなるときは そうなるし

そうならないときは ならない。

そういうふうに決まっている。



だけどごくまれに

なんとかしたいという強い思いと行動が

ならないはずのものをなるようにしたかにみえるときがある。



だから なにもしない のではなく

「だけど やる」 ということに

ひたむきになれるし

そのことじたいに 意味が出てくる。







こうやっていつも

くりかえしたにちじょうも

なくなってしまうんだね



そしてまた

あたらしいことがおこるんだ

きみにも ぼくにも



                            ■銀色夏生






posted by 昨晩 at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

失いし時間あまりに多くしてもはや生命の果ての断崖

さてどうしたものか



自分には関係ない

関係あるにしても もっとずっと先だと

勝手に考えていた



だから何も考えていなかった



さて どうしたものか

いまさら昔に返れるわけもなく

やり直すわけにもいかない



できることは

これからをどうするか

今 をどうするか だ



泣いて暮らすより

笑って暮らしたいよな



どうしたら笑って暮らせるかな

答えは出ているし 知ってるよな



いつだって 答えはわかってる

あとは やるかやらないか だ







■掲出歌 日高敬


posted by 昨晩 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日常はあるまま非情に流れゆく在りたる人の在らざるとても

時薬(ときぐすり)という言葉がある。



文字通り時間が負の感情を癒してくれることだ。

忘れさせてくれる とか なかったことにしてくれる

紛らわせてくれる ということではない。



負の感情と正面から向き合い

それを受け入れようとする心の状態になるのだ。



「時薬が効いてくる」

それはつまり、再び歩き出す ということでもある。



効いてくるまでに要する時間は 人それぞれだし

心が背負った負の感情の大きさにもよる。



しかし、時間がかかろうとも

必ず時薬は効いてくる。

そして 誰にでもこの時薬は処方される。



だから負の感情を恐れず、逃げず

負の感情と一体になって一定の時間を過ごし

その後に また歩き出そう。







■掲出歌 小林敬枝





posted by 昨晩 at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

違ってはいるが、劣ってはいない。

自己評価が低いと

「人と同じでない」というだけで

自分はダメだ、自分は能力がない などと

自分を卑下し、落胆する。



しかしそれはまったくの勘違いであり

誤った考え方だ。



「人と同じでない」というのは

文字通り「同じでない」というだけの話だ。

それは違いではあるかもしれないが

能力や可能性、素質の優劣ではない。



また、ときにその違いは「誤差の範囲」とか

「正常値の幅の中」程度の違いでしかないこともある。



自己評価が低いと

自分の欠点(と思い込んでいるだけだが)を過大過剰に見る傾向があるので

余計にマイナス感情の振り幅が大きくなる。



「違い」は優劣ではなく、「個性」と考えればよい。



人と違うがゆえに、あなたである。

あなたがあなたであるゆえんは、あなたがほかの人と違っているからだ。

みんな違って、みんないい

と金子みすずも言っているではないか。

違っていることで、いちいち落胆することはない。








posted by 昨晩 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする