2017年09月30日

悲しい出来事に、幸せな出会いが勝ったんだよ

朝ドラの定番である

ひとかどの人物になるまでの成功譚ではなく

いっかいの名もなき平凡な女性のささやかな人生を

丁寧に描いた「ひよっこ」が

今日最終回だった。



まあ、特に熱心な視聴者でもなかったけれど

なんとなく時計代わりに見ていた。



ドラマでも本でもそうだけど

予期せぬところで

こちらの胸に響くフレーズが出てきたりする。



そういうフレーズとの出会いがとても好きなんだけど

最終回の今日

そういったフレーズがまた一つ出てきた。





いいね、最高だよ。

勝ったんだ。

今、たった今

悲しい出来事に、幸せな出会いが勝ったんだよ!

最高だよッ






ドラマの流れは書かないけど

このフレーズは人生のいろんな場面で当てはまると思う。




普通の人には誰にでも

平凡なりに小さな山や谷があり

大騒ぎするわけでもなく

多くの人に知られるわけでもないけれど

本人にとったら心に大きなスペースを占める悩みがあったりする。

そうした悩みや辛さや苦労に耐え

家族や友人に支えてもらいながら

がんばってきた頑張りが報われたとき

こんなフレーズを心の中では叫んだりするんだろうな。




感謝感謝

おかげさま。

ありがとう

最高!

いいねッ






posted by 昨晩 at 17:37| Comment(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

口角をもっと上げよとみずからに声かけて朝のかがみより立つ

台風一過

静岡はピーカン

真夏のような暑さ

フェーン現象なのだろうか。




雲ひとつない青空は

気持ちを本当に晴れ晴れとさせてくれる。



青空が出ている間は

悩みを忘れたり

悩みが小さいものと思えたり

未来が明るいものだという気持ちになったり する。



青空サプリは強力だ。



僕は昔から笑顔が苦手だった。

不機嫌でもないし怒ってもいないにもかかわらず

よく人から「そんなに怖い顔するなよ」と言われた。



そういう意味では

童顔の人や穏やかそうな顔つきの人が

うらやましかった。



顔は変えられないが、顔つきは変えられる

と聞いたことがあるが

実際はなかなかどうして難しい。



僕はとっくにその辺りの努力を放棄してしまったけれど

それでも時おり忘れた頃に

どうしたはずみか判らないが

笑顔を意識して作ったりすることがある。




人からの視線が気になるのだろうか?



人の評価を気にするという

他人の尺度で生きることからとうとう抜け出せなかったけれど

まあそれはいい。




どうにもならないことは

それがたとえ自分のことであってもあるし

よほどそれが自分の生活に影響や負荷を及ぼさない限り

そんなもの放置でいいのだ。




そう、たいていのことは気にする必要などないのだ。

気になってしまうことは多々あるけれど

結果として大ダメージになるほどのことは

めったに起きない。




その辺りのこともある程度生きてくるとわかってくる というか

あきらめてるのだと思うが

時々の感情は自分がこだわりさえしなければ流れていく

ということを知ったから。



ああ俺はまたいっときの感情に揺れているな

また自分で一人相撲しているな

つまらない癇癪を起こしているな と

自分で自分の心の状態をつぶやいてみたりすると

これだけで自分を客観視したことになるようで

少し落ち着く。




そしてこの客観視は

負の感情が起きてからでもつぶやくだけで

可能になるし

微笑みの表情を以ってすると

なお一層効果的ということが経験上わかってきた。




そういう意味では

笑うとか笑顔の効果は想像以上に大きく強い。

そしてそれは人のためとか人に向けられたものではなく

自分にまっすぐ帰ってくるものだ。






【本日のまとめ】

心をニュートラルな状態にする方法として

微笑んで自分の心の状態をつぶやく というやり方がある。




掲出歌 / 下田秀枝
posted by 昨晩 at 17:38| Comment(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

覚えていて悲しむくらいなら、忘れて微笑むほうがいい。

きのう空を覆っていた黒い雲は

きょうはもう見えない

きのう歩いた上り坂は

通り過ぎて 今はもう平坦な道



雨が降っているときは

そんなことはないとわかってはいても

ずっと降り続くような気がする



そう

頭では分かっていても

気持ちやこころが

なかなか納得してくれないときが ある



続かない

いつかは終わる

たいしたことではない

大げさに考えすぎる

気のせい



そう

わかっていても

そうは思えないときがある



そんなときは

考えないようにする

楽しいことを意識して考えるようにする

歩く

空を見る

高いところに登る

信頼している人と話す

山や川や海に行く

眠る

自分にできることをしてみる

できないことは いまはできない としておく

棚に上げる

逃げる

今はそれでいい と考える

自分は今のままでいい と考える

自分は今でも充分頑張っている と自分をほめる

今の自分でも価値があると認める

しょうがないと思う

命まではとられないと少し開き直る

カラオケで大声で歌う

バカヤローと大声で叫ぶ

石を投げる

紙に書きだす

自分よりつらい状況にある人のことを思う

過去のもっと辛かったことをクリアしてきたことを思い出す

自分のことを気にかけてくれる人がいることを思い出す

しばらく話をしていない友達に電話をする

気に入っている言葉をつぶやく

自分の気持ちが明るくなる言葉をさがす

大丈夫と声に出す

うまくいっていると自分に言い聞かす

深呼吸する

笑う

口角をあげるだけでもしてみる

鏡の自分に語りかける

花に語りかける

犬を抱きしめる

猫をながめる

雲を追いかける

アリを観察する

見えないもののことを考える

墓参りをする

父母と食事をする

家の前の道を掃除する

どこか1箇所だけ片付ける

布団を干す

お日様のにおいをかぐ

お日様の温もりを感じる

好きな音楽を聴く

好きな詩を読む

先延ばししていたちょっとした楽しいことをする

好きなビデオを見る

好きな異性のことを考える

そんなときもある と考える

まあいいか と考える

楽しいことだっていっぱいあることを思い出す

笑えるビデオや動画を見る

たいしたことない と考える

生きてりゃ いろいろあるさ と考える

痛みもまた生きてる証拠 と考える

今より強くなる訓練と考える

このことから何が学べるか考える

受けとめ方次第と考える

やがて忘れる と考える

この感情もやがて消える と考える

楽しいことに意識を向ける

自分を支えてくれるもののことを考える

感謝を忘れていることを思い出す

生きてるだけでありがたい と考える

生きてるだけで儲けモノと考える

今日や明日を迎えられない人もいることを考える

今日が最後の日かもしれない と考える

いまのままでもいい と考える

いろんな考え方がある と考える

自分は自分 と考える

自分で自分をほめる

自分の味方になる

何も考えない

なるようになる と考える

なんとかなる と考える

明日は明日の風が吹く と考える

すべては小さいこと と考える

もっと大切なことがあることを思い出す

変えられそうなところを考える

少しづつでいい と考える

ゆっくりでいい と考える

たまには休んでみてもいいと考える

また歩き出せばいい と考える

やめてもかまわない と考える

遅れてもいい と考える

長い人生から見ればどうってことないと考える

自分の考え方のクセだと考える

誰かに親切にする

食後の洗い物をする

誰かの手伝いをする

何かの、誰かの役に立てることを実感する

今の自分で充分 と考える

変わっても変わらなくてもいい と考える

それでも人生は素晴らしい と考える

それでも人生は素晴らしいことを思い出す

それでも人生は素晴らしいと信じる






posted by 昨晩 at 02:39| Comment(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

足らぬ足らぬは工夫が足らぬ

人って欲望に弱いから

欲しいとなったらどうしても手に入れたくなる。

手元にない、所有していないことに意識が集中して

渇望感が強くなる。



持っているものでなんとかならないか とは考えず

持っていないことの不満足に気持ちが行ってしまう。



本当は「ない」ことは

たいしたことではないのかもしれない。

だけど、気持ちが渇望していると

冷静さは消えて、「ない」ことのみに

過剰に意識が向いてしまう。



「なし」で済ます。

または

「他のもので済ます」

ように考えられるのは、ずっと後のことだ。





今日で8月も終わり。

今月はこれが最初の記事だった。

シーサーブログとどんどん間遠くなっていくな。

昨今は引き続きYOUTUBE

そして直近はツイッターも面白くなってきたところ。



でも、僕の本籍は此処であることに変わりはない。



posted by 昨晩 at 23:25| Comment(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

白いユリにも黒い影ができる

どこの家にも怖いものはいる 読了。



三津田氏の本は短編をいくつか読んだことがあるだけだが

独特の実話風というか

虚実が混在する手法に

「今は」面白いと感じている。



家にまつわる実話怪談は

霧島ケイさんの「三角屋敷の怪」が一番と思うが

三津田さんのこの話も

読み物ではあるけれど

おそらく随所に氏が経験したり聞き集めた怪異が

ちりばめられているのだろう。

そうした手法がこの話を小説とは感じにくいテイストに仕上げている

一因であると思う。



タイトルの言葉は

本来の意味とは別に

こうした怪異にも

あてはめることができるのではないだろうか。




posted by 昨晩 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

通り過ぎた「通りゃんせ」

朝刊に佐藤公彦さんの訃報が載っていた。

同姓同名の別人かと思ったが本人だった。

65歳 心筋梗塞とのことだった。



僕は「通りゃんせ」しか知らないが

佐藤さん、

というよりは「ケメ」と呼んだほうがしっくりくるが

ケメは当時(1970年代前半)その童顔と

メッセージ色の強いフォーク界にあって

独特のソフトな色合いの歌で

ある意味異色というか他に人があまりいない立ち位置にいて

一定以上のファンがいたように記憶している。



なんだかうまく言えず

変な文章になっているが

要は、僕的にはそんな好きではないが

それなりに人気があったということだ。



その風貌と歌の世界観で

存在感は確かにあったし

ラジオのパーソナリティもしたりしていたので

露出はそれなりにあったからね。



それ以降、佐藤さんのことを思い出すこともなかったが

こうして朝刊で訃報を見ると

早すぎるだろ という驚きと悔しさとともに

その存在や影響力の大きさは個人差があるとは思うが

また一つの時代が終わった という感慨も湧いてくる。



こうした大小の出来事の重なりで

季節が変わるように時代もまた

ゆっくりと、そして確実に変わっていくのだな と

実感した朝だった。




佐藤公彦さんに 合掌。



posted by 昨晩 at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

こんちには みさなん おんげき ですか? 

人間の脳にはすばらしい機能があって

個々の単語の一文字ずつを見て個々の単語を特定・認識しているのではなく

単語の初めの文字と終わりの文字を見て

「その単語」であるとの特定・認識をしているらしいのである。



なので、

単語の初めと終わりの文字さえあっていれば

真ん中の文字は順番が入れ替わっていても

ほぼほぼ理解できてしまうらしい。



その証拠となる文章事例が下記。





こんちには みさなん おんげき ですか? 

わしたは げんき です。

この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の

けゅきんう の けっか

にんんげ は もじ を にしんき する とき

その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば

じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる

という けゅきんう に もづいとて

わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。

どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?

ちんゃと よためら はのんう よしろく





頭がクラクラするけど

ちゃんと読めちゃうから不思議。

人間てスゴイね。




posted by 昨晩 at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月6日はサラダ記念日

というわけで

昨日はサラダ記念日だった。

もう大昔に一世を風靡したメジャーな歌だけど

あの人は最初からあの人だったな、今思えば。



出て来たときから完成されていた。

で、あれからずっと「俵万智」をやっている。

すごいね。



posted by 昨晩 at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

二日経って今日 一月一日は日曜日で、日本では祝日、穏やかな晴れの日です

日本人なら誰でも読めるが

外国人には超難解な日本語の読み。



タイトルの文章中の「日」の字

実は読み方が全部異なるのです。

一つの文字で読み方がこんなにもたくさんある言語は他にはなく

(中国ですら、基本一つの漢字は一つの読み方らしい)

日本語を学ぼうとする外国の方からすると

「頭がどうかなりそう」になるらしい。




こんなのもあるらしい。




生け花を生き甲斐にした、生え抜きの生娘

生絹を生業に生計をたてた

生い立ちは生半可ではなかった

生憎生前は生まれてこのかた

生涯通して生粋の生だった。




posted by 昨晩 at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1年も早や折り返し明日からは「〜したかのような」顔して生きる

潜在意識には時制がないので

それが未達成の願望であったとしても

達成したかのような気持ちや行動をすることで

潜在意識はそれがすでに達成したと認識して

後追いで現実をその願望に寄せていくという。

これを潜在意識の自動運転機能という。



願望を達成した自分なら、こう言うだろう。

願望を達成した自分なら、こう動くだろう。

願望を達成した自分なら、こう考えるだろう。

願望を達成した自分なら、こういう服を着るだろう。

願望を達成した自分なら、こういう歩き方をするだろう。



自分の行動や思考を常に

「願望を達成した自分」フィルターを通すことで

潜在意識はすでにその願望が達成されたと認識する。

その繰り返しが、願望を現実のものとしていく。

引き寄せの法則とは、こういう側面もあるのではないか。



潜在意識に願望が達成したと思わせることは

そして

現実の自分の言動が「願望を達成した自分」と同じであれば

自己肯定感、自己評価は高くなり

メンタルも強く健康的になるから

顔つき、声の張り、姿勢、佇まいが

願望を達成した自分そのものになるだろう。



傍から見れば「勘違い野郎」だし

「痛いヤツ」だし

「思い込みの激しいヤツ」であるが

現状や環境に対する自分の見方や受け止め方が

願望を達成した自分になっているので

悲観的にならず、余裕でいることができるのである。

「成りきる」ことの強さである。








posted by 昨晩 at 02:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする