2010年09月22日

どうして今すぐやらないんだろう?

やりたいこと、

やらなければいけないこと。



仕事やプライベートで

いろいろな案件やプランが出てくる。



全部出来たらいいけど

なかなかそうもいかない。



限られた時間のなかで

なるべく多くのことをやるには

スピード感を持って事に臨むしかない。



即断即決。

瞬時に判断して

一歩を早く踏み出す。



そうすることで

気持ちも実際の進み具合も

ともに加速する。

スピードに乗って事に当たれる。



そういうことが

経験上わかっている。

わかっているが

できないときがある。



体調が優れないとき

気持ちが乗らないときは

誰にでもある。



そういうときは

無理せずに

休めばいい。

休養も時には必要だから。



それから

ものごとにはタイミングがあるので

気が乗らないときは

神様が「今はそのタイミングじゃない」と

教えてくれているんだとの解釈もOK。



そういった

やらなくてもいいとき以外にも

すぐやらないときがある。



これが問題。



まだ自分は若い

お金がない

誰も賛同してくれない

前例がない

経験がない

どうしたらいいかわからない

ほかにもやらなければならないことがある

などなど

やらない理由はいくらでもあがってくる。



でも

そういった理由でやらないときは

大概の場合において

その理由がクリアされたときであっても

「やる」ということにはつながらない。



そして

グズグズしているうちに

タイミングを逃してしまう。



ものごとは基本やることが先決だ



この考えを実行に移すためには

いろいろな「やらない理由」が浮かんできたら

それらはすべてクリアされた」と考えることだ。



クリアされたんだから

やらない理由はもうないことになり

結果、やるしかないことになる。



こうして

常に

それらはすべてクリアされた」と考えることは

躊躇し逡巡する思考の癖を振り払うのにとても効果的だ。



時間も気持ちも身体も拘束するような重大な「やらない理由」なんて

そうそうないから

たとえ少々「見えない要素」があったとしても

対応策は走りながらでも充分考えられる。

少なくとも

やることを先延ばしして本来得られる利益を失うデメリットと比べたら

すぐやることのデメリットなんて

たかが知れている。

具合が悪いと思ったら、その時点でやめればいいし。



余程のことがないかぎり

やらないことに重大な理由や事情はないので

それらはすべてクリアされた」と考えて

すぐやる癖をつけていこう。




posted by 昨晩 at 13:24| Comment(0) | TrackBack(0) | どうして? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月30日

どうして空を見ていると気持ちが落ち着くんだろう?

まだ毎日暑い日が続いているけれど

暦の上では 秋。



そういう思いで空を見上げれば

入道雲の代わりに

イワシ雲っぽい小さな雲の切れ端が

たくさんまだらに空に浮かんでいたりするのに気がつく。



そうした雲を見上げていると

心の中にある気になることなんかが

少しづつ雲と一緒に動いていって

いつのまにか遠くに運ばれて

小さくなって

やがて見えなくなる。



気になることを

雲と風が片付けてくれる。



あんなに大きく見える雲だって

空全体を隠せない。



黒い雲が空いっぱいに広がって

青空が見えなくなるときがあっても

それはいっときのこと。



いずれは明るい空が顔を出す。



時が経てば

小さくなり

遠くに行って

消えてしまう。



空を見ていると

そうした宇宙の法則の一部始終が

とてもわかりやすく心に届いてきて

ああこのままでも大丈夫なんだ

とか

今だけのことなんだ

って言うことに気がつく。



空は心の万能薬。

疲れたり行き詰ったりしたら

空を見ればいい。



きっとじきに元気な気持ちになれる。


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2010年08月25日

どうしてほんの少しの時間がとれないんだろう?

以前から

やりたい と思っていることがいくつかある。



それをやるタイミングとして

仕事が早く終わったら

とか

今度の土日に

とか

そのつど考えるけれど

なかなか実行することが出来ない。



時間がなくて・・・

というのがその理由。



だけど

それは違う。



時間はいっぱいあった。

ほんとにとろうと思えば

いくらでも時間はとれたはず。



ということは

時間がなくて ではなく

時間をとる気がなかった ということ。



どうしてとる気がなかったかといえば

それが本当にやりたいことではなかったから。



でも、どうして

やりたいことでもないのにやりたいと思ったんだろう。



それは、たぶん

ほかに

「やりたくないけどやらなければいけないこと」があって

それをやらなくていい口実がほしかったから

とか

やりたいことがなんにもないのもちょっとなんだかなぁな気分だったから

とか

いろいろありそうだけど

ひとつだけはっきりしていることは

ほんとうにやりたいことだったら

時間なんてどうにでもなるっていうこと かな。


posted by 昨晩 at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | どうして? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どうしていつも同じ道を歩いてしまうんだろう?

朝、会社に向かうときの道。

心のどこかでは「たまには違う道を通るのもいいかも」と

思ったりするけど

結局いつも同じ道になっている。



それがちょっと つまらない。



どうしていつも同じ道を歩いてしまうんだろう?



心理学的にはちゃんと分析できるんだろうな。

保守的とか

臆病とか

安定志向とか

まぁ そんなようなこと。



その分析が当たっているとして

それも別に否定はしないし、イヤじゃないけれど

どこかでそれをつまらないと思う自分がいるのなら

思い切って変えてみればいいのに。

(思い切るほどのことでもないけれど)





大袈裟に言えば

人生は選択の連続でできている。



通勤経路に限らず

朝起きた時から選択は始まっている。



まず

起きるか そのまま寝ているか。

朝ごはんを食べるか食べないか。

朝ごはんはパンかご飯か。

などなど。



その日一日や人生に何も影響を与えない小さな軽い選択から

人生を左右するほどの大きな重い選択まで

とにかく

ボクらの毎日は選択の連続でできている。



選択をする=なにかを選ぶ ということは

裏を返せば

何かを選ばない ということでもあるわけで

多分ボクは

未知のモノが怖いんだと思う。



いつもと違う道も歩いてみたいという気持ちが充分にありながら

それを選ばないということは

未知のモノへの期待や楽しみより

未知のモノへの不安や恐れの方がボクの中で強いんだろうな。



いつも通る道が一番好きでこの道以外に考えられないッ 

という積極的な気持ちでいつもの道を選んでいるのではなく

いつもの道以外の道の方がいつもの道より絶対おもしろいと

確信できないために

「わからないモノは選ばない」という選択をしているのだと思う。



まぁ それはそれでアリかもしれないけど

ちょっとつまらない。

いや、だいぶつまらない。



だからやっぱり声を大にして言おうッ



たまには違う道を歩いてみようよッ て。



そして

いつもと違う道を歩くことが簡単なこととしてできるようになれば

そうしたメンタリティを身に付けたボクは

今とはずいぶん違う道を歩いているような気がする。


posted by 昨晩 at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | どうして? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月24日

どうして誰もいない道が好きなんだろう?

クワガタルッキングで河川敷や山の中を歩き回っているうちに

「どこまでも続く道」に心惹かれるようになった。



どこまでも続く道は

見ている僕の心を

はるか遠く時間の向こうにまで連れて行ってくれる気がする。



この道のずっとずっと向こうには

どんな世界があるんだろう?

どんな人がいるんだろう?



そんな好奇心と冒険心を満たしてくれるのが

HABUやベルンハルト・M・シュミットの写真集だ。



実際にフィールドにいるときは

目の前の道にひたすら感動していればいいのだけれど

部屋でHABUやベルンハルトの写真を見ているときは

そのスケールの大きさに圧倒されながらも

いつかこの写真の現場に行ってみたいとの夢がフツフツと湧いてくる。



道はいい。

どこまでも続く道はいい。



空へ続く道




どこまでも続く道 (Healing Photo+CardBook)




posted by 昨晩 at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | どうして? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

どうして今でもこの曲覚えているんだろう?

何十年経っても

忘れない曲がある。



何十年もの間

口にしたことがないのに

歌おうと思えば歌詞がスラスラと出てくる曲がある。



そういう曲は

必ず曲と「ある情景」がつながっていることが多い。



郷愁か未練か

はたまた年を取ったのか。


posted by 昨晩 at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | どうして? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月21日

どうして 昔のことばかり考えちゃうんだろう

そんなに あの頃が楽しかった?

それとも

やり直したいことでもある?



昔のことばかり考えるのは

こころが いつも うしろむきってこと?

現実から目をそらしてるってこと?



昔のことは 大切な思い出

昔のことは 今の自分の礎

そこには未完成の自分がいる

あの頃から見たら「未来」の今

あの頃の自分に伝えたいことがあるんじゃない?



大丈夫だよ、それはなんとかなるんだよって

教えてあげたいんじゃない?



もうちょっとの辛抱で 苦労が報われるよ

だから もうちょっとだけ頑張れって

伝えたいんじゃない?



なんでそこで一声かけないんだよッ

そうすれば全然違う展開になるのにッって

悔しかったんだよね。



昔のことを考えるのは悪いことじゃない。

でも

ちょっと待って。

こうは考えられないかな?



昔のことを考えて浮かんでくるいろんな思いは

「今の自分」から「過去の自分」への

励ましだったり、アドバイスだったり

時に後悔だったりするけど

それは

実は

「未来の自分」から「今の自分」に送られているメッセージでも

あるんじゃない?



今 自分が直面している大きな壁は

実はあと少しで乗り越えられるってことを

そこを通ってきた「未来の自分」が「今の自分」に

教えようとしているんじゃない?



だから

恐れず素直にその声に従おう。

その声に身を任せやってみよう。



「未来の自分」を信じて

思いのままにやってみよう。

そうすればきっと「未来の自分」に近づいていく。





昔のことを考えている時間が多いとしたら

それだけ「未来の自分」からたくさんのメッセージが

送られているっていうこと。



本当は変わりたいのに

本当は違うことをしたいのに

躊躇している「今の自分」をなんとかしたくて

「未来の自分」が一生懸命応援してくれている。



ひとつずつその声に応えて実行していけば

次第に昔のことを考える時間が減っていく。



それは

それだけ「未来の自分」がいる場所に近づいている証拠。



昔のことを考えて

何かを感じることがあったなら

それは「未来の自分」からの応援メッセージ。



自分の感性を信じて

思いのままに一歩を踏み出そう。





posted by 昨晩 at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | どうして? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

どうして?

どうして

「どうして?」と「質問」のカテを作ったのか?



それは

おそらく

将来

「今の自分があるのは・・・」と振り返ったときに

「すべてはこの二つのカテから始まった」

と答えるのではないかという気がしたから。



そのくらいこの二つのカテは

これからの自分に大きな役割と影響力を持ってくる気がする。



それは

まだ漠然としているが

このカテが

「自然に、自分らしく、自分がやることになること」

につながっていくと感じているから。



posted by 昨晩 at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | どうして? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする