2017年07月29日

白いユリにも黒い影ができる

どこの家にも怖いものはいる 読了。



三津田氏の本は短編をいくつか読んだことがあるだけだが

独特の実話風というか

虚実が混在する手法に

「今は」面白いと感じている。



家にまつわる実話怪談は

霧島ケイさんの「三角屋敷の怪」が一番と思うが

三津田さんのこの話も

読み物ではあるけれど

おそらく随所に氏が経験したり聞き集めた怪異が

ちりばめられているのだろう。

そうした手法がこの話を小説とは感じにくいテイストに仕上げている

一因であると思う。



タイトルの言葉は

本来の意味とは別に

こうした怪異にも

あてはめることができるのではないだろうか。




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2017年07月07日

こんちには みさなん おんげき ですか? 

人間の脳にはすばらしい機能があって

個々の単語の一文字ずつを見て個々の単語を特定・認識しているのではなく

単語の初めの文字と終わりの文字を見て

「その単語」であるとの特定・認識をしているらしいのである。



なので、

単語の初めと終わりの文字さえあっていれば

真ん中の文字は順番が入れ替わっていても

ほぼほぼ理解できてしまうらしい。



その証拠となる文章事例が下記。





こんちには みさなん おんげき ですか? 

わしたは げんき です。

この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の

けゅきんう の けっか

にんんげ は もじ を にしんき する とき

その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば

じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる

という けゅきんう に もづいとて

わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。

どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?

ちんゃと よためら はのんう よしろく





頭がクラクラするけど

ちゃんと読めちゃうから不思議。

人間てスゴイね。




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7月6日はサラダ記念日

というわけで

昨日はサラダ記念日だった。

もう大昔に一世を風靡したメジャーな歌だけど

あの人は最初からあの人だったな、今思えば。



出て来たときから完成されていた。

で、あれからずっと「俵万智」をやっている。

すごいね。



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2017年07月01日

1年も早や折り返し明日からは「〜したかのような」顔して生きる

潜在意識には時制がないので

それが未達成の願望であったとしても

達成したかのような気持ちや行動をすることで

潜在意識はそれがすでに達成したと認識して

後追いで現実をその願望に寄せていくという。

これを潜在意識の自動運転機能という。



願望を達成した自分なら、こう言うだろう。

願望を達成した自分なら、こう動くだろう。

願望を達成した自分なら、こう考えるだろう。

願望を達成した自分なら、こういう服を着るだろう。

願望を達成した自分なら、こういう歩き方をするだろう。



自分の行動や思考を常に

「願望を達成した自分」フィルターを通すことで

潜在意識はすでにその願望が達成されたと認識する。

その繰り返しが、願望を現実のものとしていく。

引き寄せの法則とは、こういう側面もあるのではないか。



潜在意識に願望が達成したと思わせることは

そして

現実の自分の言動が「願望を達成した自分」と同じであれば

自己肯定感、自己評価は高くなり

メンタルも強く健康的になるから

顔つき、声の張り、姿勢、佇まいが

願望を達成した自分そのものになるだろう。



傍から見れば「勘違い野郎」だし

「痛いヤツ」だし

「思い込みの激しいヤツ」であるが

現状や環境に対する自分の見方や受け止め方が

願望を達成した自分になっているので

悲観的にならず、余裕でいることができるのである。

「成りきる」ことの強さである。








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2017年06月30日

1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった

仕事終わりに寄った本屋で見つけた

せきしろさんの本。

例によって、立ち読みで読了。



なんだか懐かしく、そして切ない「あの頃」を思い出させる本だ。



僕も中学生のとき毎夜聴いていた地元ラジオ局の深夜番組。

その局のアナウンサーがパーソナリティとして喋っていたわけだが

僕が出したリクエストハガキが読まれたときのヨロコビは

忘れがたい。



たしかに、せきしろさんが書いているように

そして帯を書いている山ちゃんの言うように

リスナーの名前を読み上げるときは

都道府県名からしっかり言ってあげるのが

リスナー、それもリクエストハガキを書いて

ラジオの前で

「今日こそは自分のハガキが読まれるかもしれない」

と熱い期待を抱いているリスナーに対する優しさであり

礼儀だと思う。



自分の在住する都道府県名が読み上げられたときの期待の高まりといったら

一度でも読まれた経験のある人なら皆わかるのではないだろうか。

続く市町村名でハズレたとしても

その一瞬間の凝縮されたヨロコビは

よしッまた次のハガキを書こうッとのモチベーションにつながる。



あの頃を「誰もが経験する麻疹みたいなもの」と言えるのかもしれないけれど

今思えばいつも微熱気味であるかのような

ふらふらした、そしてふわふわした

たよりない毎日は

たとえ当時 つまらない 退屈だ なんだかみじめだ

と感じていたとしても

それでもなおかけがえのない日々だったと言える。


なんだかいい本に巡り会えた気がした。



まだ23時30分。

週末1日前の今夜。

夜はまだまだ。


中3のとき初めて読まれたハガキでリクエストした曲

↓↓↓







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2017年05月27日

海に漕ぎ出そう。不安も苦難もあるだろう。しかし、水面を見つめるだけでは、海を渡ることはできない。

そう

頭では分かっていても

気持ちやこころが

なかなか納得してくれないときが ある



この状態は、続かない

いつかは終わる

たいしたことではない

大げさに考えすぎる

気のせい



そう

わかっていても

そうは思えないときがある



そんなときは

考えないようにする

楽しいことを意識して考えるようにする

歩く

空を見る

高いところに登る

信頼している人と話す

山や川や海に行く

眠る

自分できることをしてみる

できないことは いまはできない としておく

棚に上げる

逃げる

今はそれでいい と考える

自分は今のままでいい と考える

自分は今でも充分頑張っている と自分をほめる

今の自分でも価値があると認める

しょうがないと思う

命まではとられないと少し開き直る

カラオケで大声で歌う

バカヤローと大声で叫ぶ

石を投げる

紙に書きだす

自分よりつらい状況にある人のことを思う

過去のもっと辛かったことをクリアしてきたことを思い出す

自分のことを気にかけてくれる人がいることを思い出す

しばらく話をしていない友達に電話をする

気にっている言葉をつぶやく

自分の気持ちが明るくなる言葉をさがす

大丈夫と声に出す

うまくいっていると自分に言い聞かす

深呼吸する

笑う

口角をあげるだけでもしてみる

鏡の自分に語りかける

花に語りかける

犬を抱きしめる

猫をながめる

雲を追いかける

アリを観察する

見えないもののことを考える

墓参りをする

父母と食事をする

家の前の道を掃除する

どこか1箇所だけ片付ける

布団を干す

お日様のにおいをかぐ

お日様の温もりを感じる

好きな音楽を聴く

好きな詩を読む

先延ばししていたちょっとした楽しいことをする

好きなビデオを見る

好きな異性のことを考える

そんなときもある と考える

まあいいか と考える

楽しいことだっていっぱいあることを思い出す

笑えるビデオや動画を見る

たいしたことない と考える

生きてりゃ いろいろあるさ と考える

痛みもまた生きてる証拠 と考える

今より強くなる訓練と考える

このことから何が学べるか考える

受けとめ方次第と考える

やがて忘れる と考える

この感情もやがて消える と考える

楽しいことに意識を向ける

自分を支えてくれるもののことを考える

感謝を忘れていることを思い出す

生きてるだけでありがたい と考える

生きてるだけで儲けモノと考える

今日や明日を迎えられない人もいることを考える

今日が最後の日かもしれない と考える

いまのままでもいい と考える

いろんな考え方がある と考える

自分は自分 と考える

自分で自分をほめる

自分の味方になる

何も考えない

なるようになる と考える

なんとかなる と考える

明日は明日の風が吹く と考える

すべては小さいこと と考える

もっと大切なことがあることを思い出す

変えられそうなところを考える

少しづつでいい と考える

ゆっくりでいい と考える

たまには休んでみてもいいと考える

また歩き出せばいい と考える

やめてもかまわない と考える

遅れてもいい と考える

長い人生から見ればどうってことないと考える

自分の考え方のクセだと考える

誰かに親切にする

食後の洗い物をする

誰かの手伝いをする

何かの、誰かの役に立てることを実感する

今の自分で充分 と考える

変わっても変わらなくてもいい と考える 



それでも人生は素晴らしい と考える

それでも人生は素晴らしいことを思い出す

それでも人生は素晴らしいと信じる




THE BACK HORN - kizuna song 投稿者 akue



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2017年05月07日

世の中の娘が嫁と花咲いて 嬶としぼんで婆と散る





この人だけは、いつまでも娘のままだなぁ。

というか

娘と嫁と女を使い分けているというべきか

まぁ どちらにしても、すごいんだけどね。







posted by 昨晩 at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今は と言おう

弱音を吐きたくなったとき

うらみつらみを言いたくなったとき

自分を卑下する気持ちになったとき

そんなときは

ネガティブな言葉を言ってはいけない と

いうけれど

そこまで人間ができていない

とか

そこまで強くない

という人は多いはず。



そんなときは無理にネガティブな気持ちを我慢しなくていい。

思いっきりネガティブな言葉を叫べばいい。

ただし、ちょっとしたやり方がある。

それは

ネガティブな言葉を言ったら

その後に続けて「今はね」と言えばいい。

そうすれば

ネガティブな言葉の影響は今だけにとどまり

未来にまで派生しない。



俺は本当に意志が弱い男だ・・・、今はね。

どうせ俺なんてこの程度さ・・・今はね。

もうダメだ・・・今はね。



こうすることで

ネガティブな思いは吐き出され、かつ「今だけ」しか

その影響を及ぼさない。



こうして上手にマイナス思考やネガティブ感情をコントロールしていくうちに

少しづつ自分に耐性がついてくるようになる。



知っておくといいメソッドだ。


posted by 昨晩 at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

せっかく と言おう

辛いとき、苦しいとき、悲しいとき

困難なときは、「せっかく」と言おう。



せっかく病気したんだから、この際ゆっくり休もう。

せっかく電車乗り遅れたんだから、一息入れよう。

せっかく怒られたんだから、次にうまくいく方法を考えよう。。。



事実は事実として

それをどう受け止めるか。

受け止め方は自分でなんとでもできる。

だから

ネガティブな状況になったら

それをポジティブに変換できる魔法の言葉

「せっかく」を上手に使おう。




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2017年05月06日

一人笑うて暮らそうよりも 二人涙で暮らしたい


さよならのKISSを忘れない by 郷ひろみ 松田聖子 投稿者 ZenZen5


人生に もしも はないけれど

それでも考えてしまう

もしもあのとき 別な道を選んでいたら と



人生は終わってみないとわからないというけれど

確かなことが唯一つ

あのときには戻れない ということ



そしてもうひとつ確かなことが

それは 

ふたりは一緒にいなければいけなかった ということ






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人に言えない仏があって 秋の彼岸の回り道


郷ひろみ / 逢いたくてしかたない 投稿者 jrapaka4



ふたりにしかわからないことがある



あの頃 私たちが試されることがあり

今思えば それから私たち すこしづつ離れることになった

とはいえ 私たち 

誰よりもわかりあえていた時間があったことは確かで

そのときのことは いまでも私の宝



周りは色々言うけれど

そんなことは気にしない

私たちだけが知っていればいいこと



今こうして あなたがいる場所に向かって歩いている

近づくにつれて 時間がさかのぼり

あの頃のあなたに逢えるようで

こんなにもときめいている


posted by 昨晩 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外は雨 酔いも回ってもうこれからは あなたの度胸を待つばかり 





なにが変わったわけでもない

ただ時が流れただけ

私は私

あなたはあなた



同じ道を歩いていると思ったけれど

ふたり隣り合った別々の道を歩いていた






posted by 昨晩 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

会うた夢みてわろうて覚めて あたり見回し涙ぐむ 




笑いさえしなければ 夢から覚めなかったものを







逢いたいのに逢えない


こんな辛いことがあるだろうか

逢うこともできず

忘れることもできず

寂しくて死んでしまう という言葉が実感できる




思い出すことしかできないのか

posted by 昨晩 at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

人生で判定なんかどうでもいいことだよ

「ビストロスマップ」の最終回で

ゲストのタモリはこうつぶやいた。





人がどう言おうと関係ない、

それより、

自分が満足したかどうかだ、

自分が納得したかどうかだ。



たった1回の人生

たった1回しかない今日という日

納得いく過ごし方をしたか?

自分に胸をはれる過ごし方をしたか?

自分はごまかせない。










 
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2017年04月15日

世の中は 金と女が敵(かたき)なり 早く敵にめぐり会いたい

今日は好い天気

久しぶりにのんびりできて気分がいい。

なので、とりとめもなくだらだらと

思いつくままに書いてみる。










ノマドという言葉を聞いて、意味を知ったとき

ずっと昔 iモードが出てきたころに聞いた 

ユビキタスという言葉を思い出した。



いつでも どこでも インターネットにつながると

生活や世の中が変わるよねって思ったけど

いつでも どこでも 働けるっていうのも

働き方を変えるのはもちろん

会社のあり方を変えるし

結果として社会も変わるかもって思ったな。











東日本大震災のあと、世の中の価値観が変わるって

確信した。

それは「つながる」という言葉に象徴されるように

縦や上下ではなく

横に横に広がっていく性質を持っているようだ。









働き方が変わる

どこでも仕事ができるってなると

会社への帰属意識が薄くなる。

当然上司とも関係が薄くなり

仕事は専門技術を持った社外の人と

より強い連携で進めていくことになる。

そういう人たちとのネットワークができるようになると

ますます仕事は横のつながりが重視されるようになってくる。










断捨離が流行し

捨てることや整理することが見直され

「所有する」から「シェアする」という考え方が支持されてきている。

持ち物は少なくていいという考えのもと

そうした暮らし方をする人が注目を集めるようになった。

ミニマリストというらしい。











利益確保を最優先に会社で心身ともに疲弊して

壊れる人が増えてきている。

働き手が確保できなくて

ビジネスチャンスを企業が逃している一方で

働きたくても場を提供されない高齢者や若者が増えている。

おかしいよね。

働いている人たちの中でも格差は広がっていて

正社員と派遣社員、契約社員とは

同じ内容の仕事をしても給料は違っていたりする。

同一労働同一賃金の原則があるにもかかわらず だ。

企業は自分に都合よく理屈をつけて

差があることを正当化しようとしている。

そういう会社は早晩人が離れていくことになるのではないだろうか。










便利はどこまで必要なのか。

スーパーが24時間営業必要か?

夜中におじちゃんやおばちゃんが品出しやレジ打ちをしているのを見ていつも

お父さんやお母さんを 家族が待つ家に帰してやれよ と思ってた。

こんなんで本当に人は幸せになれるの?って

疑問に思ってた。

今問題になっている宅配業界のサービスと人手不足も同じで

再配達や時間指定など確かに便利だし 自分も利用しているけど

その便利さを実現しているのは人で

その人に、ちゃんと対価が配分されているのか。

それとは別に

そもそもそこまでのサービスが本当に必要か? と

もう一度考えてみたほうがいい時期に来ている。

限りある人という資源の有効な使い方を

もう一度考えてみる必要があると思う。










今風のつながり方は

「絆」というほど強くはなく

もっと「ゆるい」つながり方のような気がする。

気軽で気楽なつながり方だ。

ツイッターやフェイスブックなどのSNSがその代表で

これらのつながり方に共通しているのが「共感」だ。

「いいね」ボタンをポチっと押すことで

濃淡のグラデーションは不明ながらも

肯定の同意は広がっていく。

この現象の裏側には

一人にはなりたくないが、過度に干渉されるのはイヤ だとか

人と争ったりギスギスした関係になるのはイヤだ、

自分のことは否定されたくないし

むしろ、認めてもらいたいという気持ちがあるのだろう。







しかし、こうしたゆるい繋がりや薄い繋がりが

案外実用的だったりもする。

たとえば、仕事を探しているときに

家族や仲の良い友人の紹介よりも

はるかに高い確率で

「単なる知人」の紹介によった方が

仕事にありつけることが多いのだ。

これにはちゃんと根拠があって

自分と近しい人だと、どうしても考え方や価値観

あるいは交友関係が似ていたり重なったりしているのに比べ

単なる知人は、自分と考え方も価値観も交友関係も大きく違うため

目新しい情報が入ってくる確率が高いからである。

こうしたこともあって

ゆるい繋がりは、共感とともにこれからの世の中の

中心的な機能や形態になっていくと思う。

これは、今風に姿を変えてるけど

昔の長屋や村社会と在り方が似ている気がする。

共同体っぽいって言ってもいいかもしれない。










メンバーシップエコノミーというビジネスモデルがある。

会員制ビジネスのことだけれど

これからは、このビジネスモデルが伸びていくと思う。

このビジネスの肝は

所有よりつながりを重視しているところにある。






情報商材の特典や売りも

ノウハウやツール、裏技から

会員だけのフォーラムへの参加権利が主流になってきているし

そのこと自体を商品とすることもあったりする。

人の繋がりはビジネスになるということだろう。











「いいね」のシェアは共感だけれど

見方を変えれば、それは「ある特定の価値観のゆるい集まり」

と言うこともできる。

そして、往々にして同じ情報や価値観の集まりは

対立や阻害を生む可能性もあるということ。

ここで必要なことが

許容と寛容で

異なる価値観であっても、それを認めるという

心の柔軟性だ。

人と人は違っていていい という当たり前のことを

受け入れる寛容さだ。

現実は白か黒かの2つしかないわけではなく

その中間の広いグレーゾーンがあるわけで

そこを常に認識していないと

偏った考えや行動に走らないとも限らない怖さもある。

多様性を認め受け入れるということ。












お腹が空いたのでこれで終わるけど

とりとめもなく書いた割には

どれもどこかでつながっている話のような気がするなあ。

バタフライ効果というか風が吹けば桶屋が儲かる理論的に言えば

世の中の出来事は全部つながっているんだろうな、やっぱり。

おしまい。















posted by 昨晩 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寝て待てど暮らせどさらに何ごとも無きこそ人の果報なりけれ

なにかおもしろいことないかな〜 と

きょろきょろしながら過ごしているが

とんとおもしろいことにめぐりあわない。



いやなことはちょくちょくあるのにね。



でもまあつつがなく毎日暮らせているんだから

よしとしないとね。

足るを知る というやつだ。



上を目指すことはいいことだけれど

足元が見えなくなったらあぶないしね。

持っていないものや人のことをうらやんでもしょうがないし

持ってるものをもう一度よく見て

感謝して

気分よく過ごせたら上出来じゃない。



それに

気づいていない というか

忘れてしまっているようだが

健康でいられることがほんとうにありがたいことじゃないか。




体の健康 心の健康はなにものにもかえがたい。



くるかどうかわからないよいことをあてもなくまつよりは

いまかくじつにじぶんがてにしているものを

たいせつにしよう。



わるいことがなにもおきないということは

すばらしいことなんだよね。


posted by 昨晩 at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月14日

世の中に寝るほど楽はなかりけり、憂世の馬鹿は起きて働く

突き詰めて考えれば

「何のために働くのか?」 という問いの答えは

「のんびり、ゆったりした暮らしをするため」

というのも確実に挙がると思うのだが

「のんびり、ゆったり暮らす」だけなら

働かない暮らしものんびり、ゆったりしているわけで

そう考えると

働くことが果たして正しい選択なのか

なんだか本末転倒な気がしなくもない。



とはいえ、働くことと働かないことは

正反対のことなので、その結果とするところが

同じわけはない。



両者の違いは、収入を生むか否か、で

厳然たる違いがある。



マインド的なことはおいておくとして

やはり経済的な違いは大きい。



なんだけど

なんとなく釈然としない思いが胸の奥にわだかまるのは

働いてもそれに見合った対価が得られないことが間々あることだ。

そして、もっと始末におえないのは

そうして働いた結果、心身を害してしまうこともあるということだ。



こうなると

働くことの経済的メリットよりも

デメリットの方が大きくなってしまう。



何のために働いたのか? ということ。



体を壊すために働くわけもないのに

マジメに一生懸命働いた結果、怪我をしたり

病気になってしまうことが多かったりする。



そうなると

一番初めの話に戻って

果たして働くことは正しい選択なのか

ということについて

もう一度考え直してみることも大切なんじゃないかなと思う。



で、今、みんなが考え始めているのが「働き方」


今までと同じように働くのではなく

どう働けば

体を壊さずに、かつ提供した労働と同等の対価をもらえるのか、

あるいは

どう働けば

より短い時間でより多くの成果を挙げ、かつより多くの対価を得られるのか、

ということ。



どのみち、機械が人間に取って代わるときがすぐそこまで来ているので

そのうち人は今の仕事からはあぶれていく。

そうなる前に、なにをやるか、どうやるか、だれとやるか

を考えることはとても意味があることだと思う。



大きく世の中の価値が変わりつつあるリアルタイムの中に

今僕らは身を置いている。

それを不安と感じず、ワクワク感じる感性が求められている。



何をやってもいいし、何を選択してもいい。

全ての決定権と実行力は、自分が持っている。

昔も今も、やったもん勝ちであることは間違いない。












という妄想がPCの前に座っていたら浮かんできた。






posted by 昨晩 at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月13日

酒も博打も女も知らず 百まで生きてる馬鹿なやつ 

マジメは果たして正しいことなのか?



正しいことだと信じて生きてきたが

ホントにそうかと時おり思う。

別にそれが自然体ならそれでもいいが

かくあらねばならぬとの思い込みで

わざわざ窮屈な思いをしていたのなら

考え直してみる価値はあるかもしれない。



人生は、そして世の中は

人に迷惑をかけなければやっていけないようにできている。

にもかかわらず

迷惑をかけてはならぬと一人でがんばっているのは

まじめというのだろうか。

融通がきかないというのではないか。

なんによらず

ものの見方には両面あるので

ネガティブな見方もあればポジティブな見方もある。

どちらもおんなじことだ。

裏表だ。



ならば、やっぱりやりたいようにやるのが一番だし

それが幸せだろうし

それこそが自分の人生をまじめに生きている

ということになるのではないか。



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2017年04月12日

うちの亭主とこたつの柱 なくてならぬがあって邪魔

年取るっていいね。

経験が増えるっていいね。




この前、テレビを見ていたら

珍しく菅野美穂が旅のリポーターをやっていた。



「普段は見れない別のハワイ」を紹介する内容で

活火山が作り出した荒涼たる風景や

マグマが海に滝のように流れ込むさまなどをリポートしていた。

その流れで、世界一きれいな夕日が見れる場所に行き

実際に沈みゆく夕日を見て

冒頭の言葉を彼女が言った。

今まで見た中で一番きれいな夕日 とも言った。




生きていればいろんなことがある。

楽しいことばかりじゃない。

というか、楽しくないことの方が多い。

だから、キモチが塞いでいるときや

体が弱っているときは

生きることに対して

どうしてもネガティブな考えになりがちだが

どっこい

生きていくこと、年を重ねることは

素敵なこともある ということを思い出させてくれたし

そういうところに意識して視点をフォーカスしなくちゃいけない

ということも思い出させてくれた。



そういえば、昨日か一昨日のテレビで

所ジョージが

寝たきりになっても生きていたい。

目だけは開けていたい。

だって面白いことが起きるかもしれないから

見逃したくない。

ここまでポジティブでなくてもいいけど

こういう考えをする人もいる ということを知るだけでも

自分の中の閾値があがるのではないだろうか。



亭主元気で留守がいい というように

家で邪魔者扱いされたら

フラフラ外に出かければいい。

なにか面白いことに遭遇するかもしれないのだから。




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2017年04月11日

逢えたら逢えたで別れがつらい、逢わなきゃ逢わぬでなおつらい

人生を左右するのは、才能でも運でもない。

やる気と勇気 前向きな気持ち。



それは すべて元気が基本

それが 人生を決める。



◆Blue 幸せになれる場所  文:秋月菜央







生活不活発病という病気がある。

高齢者や身障者に多いが

災害時の長期の避難生活などでも

発症することがあるという。

俗に言う「体がなまる」という状態の程度が強いもので、

心身機能の低下により、起きる、立つ、歩く、昇るなどの

日常生活に必要な動作に支障をきたすようになる。



おそらく、本人の意欲も低下しているので

運動したほうがいいよ

とか

なにか好きなことをやったら、、、

もっと食べないとチカラがでないよ

などと周囲が口やかましく言っても改善は難しいかもしれない。



早くに専門医に相談して

しかるべき環境に身を置くとか

指導に基づいたあれこれを実施するなどしたほうが良いのだろう。




ところで、俺自身もずいぶんここのところ

ブログ更新を怠ってきたが

従来の怠け癖とキャパの狭さ、意志の弱さのゆえんである。



とにもかくにも

元気が一番。

気分上々が幸せの素だね。



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