2017年12月12日

くじも当たらず出世もなくて 今日を生きてる運のよさ

毎年、この時期になると書いたり考えたりするのが

新年の誓いのリハーサル だ。



どうせグータラな自分のこと。

年の初めの誓いなど三日坊主に決まってる。



しかし、とはいえせっかくの誓いを

三日坊主に終わらせるのは、

新年早々自分の情けなさを直視することになるし

もったいない。



なので、先取りして今月から実践し

誓いが身の丈にあっているかどうかを検証をするのである。



そのうえで、今の自分にはハードルが高すぎると思えば

少しゆるい設定に見直して

続けられる可能性を高めるのだ。



それに、新年の誓いを 暮れのうちから立てておけば

頭のどこかでそれを意識した生活になるから

1年の締めくくりの月が、なんとなく締まった感が出るような気がする。



ということで、今週は来年の「1年の計」を考える週として

来週をそのリハーサル

再来週を調整の週にして

本番の1月1日を迎えることにする。



ここまで書くと

これも毎度のことだが

書いたことの8割がたをすでにやった感がものすごく強くなり

実際に書いたことをやらない可能性がグッと強くなる。

ある意味 今も昔も俺のままだよな と

安心するというか苦笑いしたくもなる。



やらないことまで含めて「お約束」ってか。





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2017年11月07日

テレビ業界過渡期

11月3日(金)〜5日(日)の3日間、静岡の街は

大道芸一色だった。

自分も昼間フラッと見に行ったが

どの演技ポイントも人が多すぎて

パフォーマンスを見ることがまったくできなかった。



以前は脚立を持っていって最後列からでも余裕で見れたが

今はそれをするほど見ることに情熱をかけられなくなった。

年をとったということか、それとも飽きてきたということか、

まぁ両方だろう。



そんな3日間であったが、僕的にはちょっとした時代の変化を

感じた3日間でもあった。



それは、ネットテレビのアベマTVが放送した

元スマップ3人衆の72時間テレビが

同局史上最高視聴者7600万人を獲得した、ということだ。



地上波テレビではなかなか見れない3人が72時間出ずっぱりという

型破りな企画もさることながら

カチッとした台本がないことからくる緩さゆえ

3人の素が存分に見れたという

視聴者ニーズにばっちり応えていたのが良かったのだろう。



古巣の所属事務所に気を使う既存テレビ局では

絶対できない演出だった。



アベマTVは、インターネット専門広告代理店のサイバーエージェントと

テレビ朝日が出資して立ち上げたテレビ局だが

さすがネット代理店と感心したのは

この72時間テレビをきっかけに、元スマップ3人が

ツイッター、インスタ、youtube を始めて

それぞれメッセージを発信し始めたことだ。



人気が高いにもかかわらずSNSをやっていないこの3人が

同時にSNSを始めたのだから

拡散しないわけがない。



香取慎吾のインスタグラムのフォロワー数が100万人を突破

ついた「いいね」は1,426万1,000件以上

草なぎのYouTube動画の合計再生回数は約536万回

稲垣のAmebaブログは3日連続総合1位

元スマップメンバーの「#森くん」のハッシュタグが

Twitterの世界のトレンド1位を獲得

アベマTV 3日間の累計視聴数が7,600万



バズらせることのプロの仕掛けは

まさに「日本中の話題を独占する」状態だった。



こういった組み立て方も既存テレビ局ではできないやり方で

はからずも

新旧テレビ対比が明確に浮かび上がり見ていて面白かった。



考えてみれば、これだけスマホが普及し

他業界ではマーケティングに

スマホをベースにした消費行動を取り入れることが当たり前の中

地上波テレビ局はそれをまったくといっていいくらいやってこなかったので

アベマTVとすればラッキーというかしめしめという状態だっただろう。



言い換えれば、アベマTVは視聴者目線で番組を作り

視聴者が望むモノを提供したということだし

地上波テレビ局は、発信者や制作者都合を優先した番組作りをして

視聴者が本当に見たいものを提供してこなかったということだろう。



そんな中、この3日間で聞こえてきたニュースとして

フジテレビのめちゃイケが来春終わるというニュース。

22年間続いた番組のようだが、終了するという。

30年続いた「とんねるずのみなさんのおかげでした」も

終了するのではないか、という。



アベマTV躍進のタイミングでこうしたことが起きるというのは

偶然ではないのではないか。

テレビ業界に深く静かに潜行していた地殻変動が

いよいよ表面に表れてきた、そんな気にさせる出来事では在る。



どんなときでも時代は動き続け変わり続けている。

市場のニーズに応えなければどんなに大きなビジネスも廃れていく

これは当たり前のこと。



地上波テレビ、ふんばれるかな?




蛇足だけれど、ここのところテレビのバラエティ系番組で

嵐の二宮君を何度か見た。

鉄腕DASH、アメトーク、ロンハー 

どれも僕的にはとても違和感を覚える出演だったし

番組にハマッているようには見えなかった。

タイミングがタイミングだけに

「事務所の方針」というやつかなと勘ぐって

ニノがかわいそうになった。

そうじゃないんだよなぁ、藤島さん。




posted by 昨晩 at 00:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月09日

サヨナラは次の始まり

本日2017年10月9日(月・祝)を以って

ほぼ毎日通った本屋さんが閉店します。



それなりに長く営業していたと思うのですが

やはり売上不振なのでしょう。

残念です。



業種問わず数字がいかなければ

なくなるのは資本主義の原理原則なので

やむをえないとは思うものの

一利用者としては不便になるなぁとの思いでいっぱいです。



本屋さんの閉店も今に始まったことではないので

その原因についても書きませんが

本離れが進んでいるということなのでしょう。



スマホやSNSは普及・拡大が続いているので

活字(テキスト)離れではなく

紙媒体としての本離れなのでしょう。



とはいえ、本そのものはなくならないと思いますので

ようは、「底」がどのあたりで

「底」レベルでビジネスとして継続できるのか、が

気になるところではあります。




紙媒体の衰退ということではもうひとつ

この夏に、地元静岡で長年続いていた

フリーペーパー「バラッティ」が廃刊となりました。



デザインやコンテンツは上質だっただけに

こちらの廃刊はとても惜しいです。



発行元のデザイン会社が業績不振により

会社をたたんでしまったので

どうしようもありませんが

編集者やデザイナー、コピーライター、イラストレイター

カメラマンの人たちの今後が気になります。



皆さん優秀な方たちなので

同業への転職や独立起業どちらでも大丈夫かとは思いますが

それでも気になります。



いずれにせよ、栄枯盛衰は世の習い

ゆく川の流れは絶えずして

常にその姿を変え、在り様を変えて連綿と続いていくのでしょう。



問題はその流れをいかにして早く読んで

在り様を最適化するかということです。



恐竜の時代から

強いものが残るのではなく

変わることができるものが残る という法則は

今も生きています。



とはいえ

どう変わればいいのかなんて

なかなかわかりにくいですが

ヒントとしては

「これ不便だな」とか「こんなのあったらいいな」という

自分の感覚にあるような気がします。



自分の携わっている仕事・業種・業界に

一見関係ないように見えても

どこかでつながっているのが今という世の中の仕組みです。

自分には無関係とスルーしないで

先ほどの自分の感性を自分の仕事にどう反映させるか

どんな影響がありそうか

自分ならどんな解決法が思いつくか

そうしたところに思いをはせる習慣をつける というのが

防衛法のような気がします。



なんだか、閉店や廃刊の残念な気持ちや寂しさを書くつもりが

理屈っぽくなったのは

自分の中に

何かたまっているものがあるのかもしれません。


変なことを書かないうちに

今日はここまでとします。








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2017年07月29日

通り過ぎた「通りゃんせ」

朝刊に佐藤公彦さんの訃報が載っていた。

同姓同名の別人かと思ったが本人だった。

65歳 心筋梗塞とのことだった。



僕は「通りゃんせ」しか知らないが

佐藤さん、

というよりは「ケメ」と呼んだほうがしっくりくるが

ケメは当時(1970年代前半)その童顔と

メッセージ色の強いフォーク界にあって

独特のソフトな色合いの歌で

ある意味異色というか他に人があまりいない立ち位置にいて

一定以上のファンがいたように記憶している。



なんだかうまく言えず

変な文章になっているが

要は、僕的にはそんな好きではないが

それなりに人気があったということだ。



その風貌と歌の世界観で

存在感は確かにあったし

ラジオのパーソナリティもしたりしていたので

露出はそれなりにあったからね。



それ以降、佐藤さんのことを思い出すこともなかったが

こうして朝刊で訃報を見ると

早すぎるだろ という驚きと悔しさとともに

その存在や影響力の大きさは個人差があるとは思うが

また一つの時代が終わった という感慨も湧いてくる。



こうした大小の出来事の重なりで

季節が変わるように時代もまた

ゆっくりと、そして確実に変わっていくのだな と

実感した朝だった。




佐藤公彦さんに 合掌。



posted by 昨晩 at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

二日経って今日 一月一日は日曜日で、日本では祝日、穏やかな晴れの日です

日本人なら誰でも読めるが

外国人には超難解な日本語の読み。



タイトルの文章中の「日」の字

実は読み方が全部異なるのです。

一つの文字で読み方がこんなにもたくさんある言語は他にはなく

(中国ですら、基本一つの漢字は一つの読み方らしい)

日本語を学ぼうとする外国の方からすると

「頭がどうかなりそう」になるらしい。




こんなのもあるらしい。




生け花を生き甲斐にした、生え抜きの生娘

生絹を生業に生計をたてた

生い立ちは生半可ではなかった

生憎生前は生まれてこのかた

生涯通して生粋の生だった。




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2017年03月04日

毎日見れば

前向きな言葉

ポジティブな言葉を毎日つぶやけば

前向きでポジティブな自分になれる。

前向きでポジティブな毎日になる、という。



ならば、

言葉以上に情報量の多い、それゆえ影響力が大きい

動画であればなおさら、だろう。



というわけで

毎日、前向きでポジティブな動画を見れば

言葉をつぶやく以上の速さで

ポジティブな自分

ポジティブな人生を送れるようになるだろう。











posted by 昨晩 at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

涙が出てきたら、流れるにまかせよう

ここのところ ゴッドタンの「バカヤロウ徒競争」にはまっている。

前後編に分かれていて

前編の千鳥ノブと矢口真里

後編の矢口真里が面白い。



前編は単純に笑えて面白く

後編の矢口はちょっとウルっとする。



でも 夜 一人で見てるから 気兼ねなく泣ける。

感動して流す涙は すがすがしく気持ちよい。













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2016年12月05日

世の中は起きて稼いで寝て食って後は死ぬを待つばかりなり

今年の四月から始めたyoutube アドセンス。

1ヶ月100動画作成を3ヶ月続けて

7月にようやく収益支払いを受け

よしこれからッという矢先に

「無効なクリック」による30日間のアドセンス一時停止。

当然心当たりはまったくなし。

俗に言う「アドセンス狩り」ってやつにあって

一時中断。

自分なりに考えた対処をして30日間の停止解除をひたすら待つ。

停止解除後もおそるおそる反応見ながら再開するも

またまた異常なクリック率。

なんとかしないと

今度は一時停止でなく永久停止になっちゃう。

ということで

やむなく全動画収益化外し。

これじゃあ、なんのためにやってるかわからない。

通報は何度かしたけど

ぐーぐるは何も言ってこないし

何かやるときは問答無用だし

やっぱりプラットフォームに依存したビジネスモデルは

不安だね。

オーナーの言いなりだし、

ルールが変わったらナッシングの可能性もある。

ということで

違う稼ぎ方にチャレンジすることにする。



でも集客装置としてみたらyoutube はすごいから

これを利用しない手はない。





今年の春以降、このブログの更新を後回しにしてまで

取り組んできたyoutube アドセンス。

そういうわけでアドセンスは少し休むけど

動画の作成の仕方や投稿の仕方

なにより再生回数の上げ方を経験できたことは大きかった。



今後はサイト(またはブログ)を作ったら

その属性に合った動画をyoutube にあげて

そこからサイトにアクセスを流せばいいので

効率よくアクセスを稼いで収益を上げることができる。



不動産以外でも「ほぼ不労所得」になり得る資産となるよう

もう数ヶ月がんばってみよう。



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2016年11月25日

僕のいる場所

このごろどうも会社が居心地悪くていけない。



別にみんなから嫌われてるとか じゃなくて

なんかこう 自分のやってることや自分の存在が

どれだけ今の会社に必要とされているのかなって考えたとき

別にいなくてもいいんじゃないか

俺でなくてもいいんじゃないか

そんな気がするんだよね。



自分と会社(=みんな)が 噛み合っていない

同じ方向を見ていない

そんな気がするんだよな。

もうしばらく前からだけどさ。



これはたぶん

会社やみんなに原因があるんじゃなくて

俺のほうに原因があると思うんだよ。



みんなについていけなくなったとかじゃないけれど

仕事してて違和感を感じるわけ。



自分がいる場所はここじゃないっていう感覚かな。



話もするし 仕事の流れの中に間違いなく

自分も組み込まれているし

自分がやるべき役割もちゃんとあるんだけど

それでも、依然として違和感というか

居心地の悪さ、浮いた感じというのが

まとわりついて離れない。



だからもうこれは潮時なんだろうな

と思う。



自分という存在が会社に何かを与え

それがなにがしか会社の成長に資する

同時に会社の成長やその中での自分の役務が

自分を成長させる

そんな相互成長の関係の時期が終わろうとしている

ということなんだろうなぁ と思う。






人も会社も世の中も

常に動いて変わり続けている中で

自分と会社の関係だけが変わらないなんていうことはないわけで

会社は成長するために新しい人を必要としていて

僕は僕で成長するための新しい場所を必要としている。

ようはそういうことなんだと思う。



こういう流れになったときに

無理にとどまることは双方にとってよくないだろう。



流れに任せて次の人を迎え入れたり

次の場所を見つけていくのがいいのだろう。



ずいぶん長いこと同じ場所にいて同じことをしてきたから

これから違う場所で違う人たちと何かをするということは

不安でもあるけど楽しみでもある。



でも、やることは今までと同じコトや

延長線上にあることだから

そこを心配することはない。



いつ、どこに動くのかはわからないけれど

最近はこんなことを痛切に感じているよ。






今 僕のいる場所が 探してたのと違っても

間違いじゃない きっと答えは一つじゃない

何度も手を加えた 汚れた自画像に ほら

また12色の心で 好きな背景を描きたして行く









posted by 昨晩 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

我慢するチカラが残っていない

ずいぶん前から

夜中の間食はやめよう

と、何度も決めて実行しようとしたが

そのつどその約束は守られず

自己嫌悪に陥り

自分への評価としては

決めたことを守れないダメなヤツ

で確定していた。




ところが先日読んだネットの記事で

それは己の強さなどとは関係なく

それゆえ自分を卑下することもまったく無い

と書いてあった。



夜中の間食をやめようと決めてもやめられないのは

意思の強弱ではなく

エネルギー量の問題である。



つまり

昼間の仕事に全精力を使ってしまっていると

夜自宅に戻ったときに

自分をコントロールするだけのエネルギーが

残っていないために

誘惑に抗うことができない というわけだ。



ここでハタと気がついた。



以前こんな記事を書いたことがあった。



そうなんだ。

ほんの少しの余力と笑顔が出るくらいの力は

残しておかなけりゃダメなんだ。



それを燃え尽き症候群みたいに

全部を出し切っちゃうから

家に帰った頃には電池切れでバタンキュー。

家族とも話さないわ、好きなこともやらないわ

あげくに寝る頃になってお腹が空いて何か食べてしまう

というサイクルの繰り返し。



だからこれからは

少しだけ余力を残すよう仕事をコントロールして

夜の時間を有意義に過ごそう。




それができれば

不当に自己評価を下げる必要もなくなるしね。








posted by 昨晩 at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

馬買はば 妹徒歩ならむ よしゑやし 石は踏むとも 吾は二人行かむ

何も用事が無い休日はずいぶん久しぶりな気がして

気ままにパソコンをしていたら

カミさんが

「明日弁当要る?」と聞いてきたので

あればうれしいけど、欲しいと言えば

そのために彼女は早起きしなくちゃいけないので

「明日は、要らない」と答えた。




午後もパソコンをしていると

カミさんが

「そろそろ物置からストーブ出してくれない?

 朝起きたとき台所が寒いから」

と言うので

二つ返事で即物置から持って来た。



そうなんだよなぁ。

俺は休みだからって自分のしたいことしかしていないけど

カミさんは休みの日でもいろいろ家族のこと考えてるんだよなぁ。

そして平日も

俺が寝てるときでもいろいろ家の事やってるんだよなぁ

と改めてカミさんエライナーって

心の中で感謝した。



そんな彼女は 今

息子に送ると言って

ミカンをダンボール箱につめている。



俺 この人でよかったなぁ としみじみ思った。





馬買はば 妹徒歩ならむ よしゑやし 石は踏むとも 吾は二人行かむ
(うまかわば いもかちならん よしえやし いしはふむとも わはふたりゆかん)


posted by 昨晩 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

星とともに在る

その日、星は落ちたけれど

消えてなくなったわけじゃない。



僕は星の分身だったと気づいた。



僕は星と一体だし

星は僕の一部で

僕の中に星はある。



どこにいても

どんなときも

僕は星とともに在る。







posted by 昨晩 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これから

今日は朝から雨

体調もいまひとつですっきりしない。

ひとしきり強くなる雨音を聞きながら

久しぶりののんびりゆったりとした気持ちでいる。




僕の前には

「これからどうする?」

という問いが依然として構えていてどこうとしない。




今までもそうだったが

こうしたときはたいていもう気持ちは固まっている。

もうとっくに決めているのだ。

それを自分で認めようとしない悪い癖が出ているだけだ。




そうしたいからする。

今までしてきたことは根拠なくしてきたわけじゃないから

当然これからすることにも影響を与える。




したいからする。

好きだからする。



そのシンプルさのみですぐに行動できる軽やかさを

いつになったらもてるのか。



当面は何かをきっかけに

それを口実にして

次に踏み出そう。




予報では夕方から天気は回復するようだ。

そうした見通しも僕の気持ちを明るくする。

こういう流れのときはたいていうまくいく。

遅まきながら

僕は次の流れにようやく乗ろうとしている。

いいぞ。







posted by 昨晩 at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

雨に似ているのか

僕の肩に落ちた一滴の雨。

この雨のひとしずくは


地に落ち

川になって

海に帰れるわけじゃない。



かといって

花や樹を育てるわけでもない。



このまま

服に沁み込んで

何の役にも立たず

誰に知られることなく

消えていくだけだ。



雨に似ている

と言ったのは

僕の存在がこの雨のようだということさ。



◆「雨に似ている」 渡辺多恵子







人のことはわからないけれど

僕は自分が生きた証を何かしら残したいと思っている。

そういう意味では

このブログもずいぶん僕を満足させている。

(主がいなくなったブログはどうなってしまうんだろう)






昔の人はどうだったのだろうか。

きっと、そうした思いを抱く人はいたんだろうね。

そう思いながらも具体的な手法手段が少なかったから

「書く」とか「人の心に残る」などの方法を

選んだ人が多かったのかもしれない。




僕の心に誰かのことを残すことで

その誰かは喜ぶのかな




僕は誰かの心に残ることはあるのかな

あるとして

どんな残り方をするのかな





僕のゐない時、僕のもう地上にゐない日に、

あいつあの時あの道のあの箇所で

蒼い顔して、無花果の葉のやうに風に吹かれて、

――冷たい午後だった――


しょんぼりとして、犬のやうに捨てられてゐたと。





こんな残り方 するのかな






夜と似て雨の日も気持ちはあちこちに飛ぶ








posted by 昨晩 at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夜に魅せられて

夜はサ

気持ちが高揚しがちだから

論理的な考えを必要とすることをするより

感傷に浸るような情緒的情操的なことをするほうが

いいよね。



ま、その結果、落ち込む時は思い切り落ち込むけど

それもまた良しということで

ウェットな感情にどっぷり浸るのもいいものだよ。



夜は気持ちが自由にあちこちに飛ぶので

自分の気持ちながらも

その奔放振りが楽しい。



過去に戻って

あのときはこうだった、ああだったと思い出したり

こうすればよかった とか あんなことしなければよかった など

ちょっとほろ苦くなったりとか

未来を想像して

こうなったらいいなとか、こうならなきゃいいな とか

願望交じりに思いにふけったり



いずれにしても

そうした夜は いい夜だよ。








posted by 昨晩 at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

親はありがたい

いくつになっても

親は親、子は子。




子供が大人になったからって

親の前では子供



どんなに社会的肩書きがあろうと

親の前では子供



親子の関係って絶対なんだな。



子供が社会的分別ができたからって

子供が社長になったからって

親が年老いたからって

親子の関係がひっくり返ることはない。

親は親、子は子。



親が年老いて

子供が何かと労わらないといけなくなったとしても

体の丈夫さでの優劣は

親子関係にまったく影響しない。



親はありがたい。

たとえ年に数回しか会わなくても

「家に帰れば親がいる」

この安心感は絶対だ。

何者にも変えがたい。



だから

親は大切にしないといけないね。

かけがえのない存在だから。



親が生きているってことは

ありがたいことなんだよね。




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2016年08月20日

心が揺れるときの対処法

1. 紙に書き出す



自分が何に対して心配しているのか、

何が自分を苦しめるのか

何に囚われているのかを

順不同で思いつくまま書き出そう。

言い回しが違うだけで、内容は同じようなことでも

気にせず書き出そう。

あらかた書き出したと思ったら

その内容を見てそれぞれについて

その心配事が引き起こす最悪の事態を書き出そう。

それについて、案外たいしたことないと思えれば

もうそのことについては悩む必要はないとわかったはず。

案外重大な結末もありえるとなれば

そうなったときの対処法や自分の心構えについて

書き出そう。

また、重大な事態にならないような方法があるのかも考えて書き出そう。




いずれにしても

紙に書き出すことは

頭の中の混乱や実際以上に膨らんだ妄想を

原寸大にして客観的に眺めることになるので

落ち着いて冷静に考えたり判断したりすることができる。



何より大事なことは

そうすることで

「今できる最善のことを自分はしている」という意識ができること。

こう意識できれば

後になって、もっとほかのやり方があったかもしれない

とか

自分はベストを尽くさなかったのかも知れないといった

根拠のない自分攻撃をしなくて済むことで

このことの効果はとても大きい。



で、最後は

紙に書いたことをスピーディに実行していくだけだ。



posted by 昨晩 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月18日

書き続ける

今までそれなりの期間

このブログの記事を書いてきた。

我ながらよく続いたと感心している。

最近は少し滞りがちだけれど

始めたときの「自分への備忘録」という意味では

十分意味があったと思っている。

まさに自分にとってこのブログの記事は

心のビタミン剤でありパワーチャージの源である。




こうして続けることで

薄い紙が積み重なるように

小さな石が積み上がるように

自分の中で耐性が育ってきたのであろうし

心の準備も少しづつ出来上がってきているのだと思う。



ぼくはきっと

そうしないとできないタイプの人間なんだろう。

それをきっと無意識にわかっていたから

このやり方〜ブログの記事を書き続ける〜を

やってきたんだろうし

このやり方しかできなかっただろうし

このやり方がベストだったのだと思う。

そしてきっと

これからもそうだと思う。



ぼくは書き続ける。

自分のために。



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2016年07月26日

家で漏れる桶は、外でも漏れる。

僕は昔から

「声を荒げて人を注意する」ことが

嫌いでね



まあ、好きな人はいないだろうけど。



「声を荒げて人を注意する」ことは

するのもイヤだし

されるのもイヤ

人がされているのを聞くのもイヤ



でも、人は

感情的な高ぶりで声を荒げることもあるだろうし

そうされても当然なことを相手がしてしまった結果

当方が声を荒げるとか

まあ、いろいろなケースはあるんだよね。



それでもなお

僕は

「声を荒げる」以外の言葉や態度やアプローチが

あると思っている。



自分がまだできないだけで

そうしたやり方はあると信じている。





なんだろう

「声を荒げる」状態って

冷静でないわけで

つまり感情に振り回されている状態というか

そういうレベルの心性であることを露呈していて

かつ

自分でそれに気がついていないということで

それはつまり

幼稚っていうことだよね

という思考が僕の中で出来上がっている。



似たようなことで

理不尽なことをされる

とか

筋の通らないことをされる

というのも

僕はたぶん普通以上に嫌っていると思う。



表面的にはっきりと嫌悪を表すということはしないけど

そこで貼ったレッテルはもう一生貼替えないと思う。

そうしたことが理由で

ずいぶん世間を狭くしたこともあったし

融通が利かないとか

偏屈とか

変わり者とか

思われたんだろうなと思う。



そういう「人からの評価」はとても気にするくせに

だからといって自分が変わることは一切しない。



というような人間だけど

自分で思っているほど

周りは僕に興味を持っていないから

普通に人付き合いができるし

自分で思っているほどは

無関心でもないので

適度に声もかけてくれるし

仕事も依頼されたりする。



良くも悪くも自分に一番関心があるのは自分なワケで

だから

自分の中でグルグルと

自分に対する毀誉褒貶を繰り返しても

意味がない。

つまり

やりたいようにやれ、ということ。

自分は自分

どこに居ても自分は自分。

自分以外にはなれないんだから

思いっきり自分で居よう。

自然体でいよう。



家で漏れる桶は、外でも漏れる。






.

posted by 昨晩 at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

まだまだ

なんでわからないんだよ

と相手に文句を言う前に

どうしてわかるように教えることができないんだ

と自分の未熟さに思いが至るように

なぜ思えないんだろう。
posted by 昨晩 at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする