2017年07月29日

白いユリにも黒い影ができる

どこの家にも怖いものはいる 読了。



三津田氏の本は短編をいくつか読んだことがあるだけだが

独特の実話風というか

虚実が混在する手法に

「今は」面白いと感じている。



家にまつわる実話怪談は

霧島ケイさんの「三角屋敷の怪」が一番と思うが

三津田さんのこの話も

読み物ではあるけれど

おそらく随所に氏が経験したり聞き集めた怪異が

ちりばめられているのだろう。

そうした手法がこの話を小説とは感じにくいテイストに仕上げている

一因であると思う。



タイトルの言葉は

本来の意味とは別に

こうした怪異にも

あてはめることができるのではないだろうか。




posted by 昨晩 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

通り過ぎた「通りゃんせ」

朝刊に佐藤公彦さんの訃報が載っていた。

同姓同名の別人かと思ったが本人だった。

65歳 心筋梗塞とのことだった。



僕は「通りゃんせ」しか知らないが

佐藤さん、

というよりは「ケメ」と呼んだほうがしっくりくるが

ケメは当時(1970年代前半)その童顔と

メッセージ色の強いフォーク界にあって

独特のソフトな色合いの歌で

ある意味異色というか他に人があまりいない立ち位置にいて

一定以上のファンがいたように記憶している。



なんだかうまく言えず

変な文章になっているが

要は、僕的にはそんな好きではないが

それなりに人気があったということだ。



その風貌と歌の世界観で

存在感は確かにあったし

ラジオのパーソナリティもしたりしていたので

露出はそれなりにあったからね。



それ以降、佐藤さんのことを思い出すこともなかったが

こうして朝刊で訃報を見ると

早すぎるだろ という驚きと悔しさとともに

その存在や影響力の大きさは個人差があるとは思うが

また一つの時代が終わった という感慨も湧いてくる。



こうした大小の出来事の重なりで

季節が変わるように時代もまた

ゆっくりと、そして確実に変わっていくのだな と

実感した朝だった。




佐藤公彦さんに 合掌。



posted by 昨晩 at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

こんちには みさなん おんげき ですか? 

人間の脳にはすばらしい機能があって

個々の単語の一文字ずつを見て個々の単語を特定・認識しているのではなく

単語の初めの文字と終わりの文字を見て

「その単語」であるとの特定・認識をしているらしいのである。



なので、

単語の初めと終わりの文字さえあっていれば

真ん中の文字は順番が入れ替わっていても

ほぼほぼ理解できてしまうらしい。



その証拠となる文章事例が下記。





こんちには みさなん おんげき ですか? 

わしたは げんき です。

この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の

けゅきんう の けっか

にんんげ は もじ を にしんき する とき

その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば

じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる

という けゅきんう に もづいとて

わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。

どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?

ちんゃと よためら はのんう よしろく





頭がクラクラするけど

ちゃんと読めちゃうから不思議。

人間てスゴイね。




posted by 昨晩 at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月6日はサラダ記念日

というわけで

昨日はサラダ記念日だった。

もう大昔に一世を風靡したメジャーな歌だけど

あの人は最初からあの人だったな、今思えば。



出て来たときから完成されていた。

で、あれからずっと「俵万智」をやっている。

すごいね。



posted by 昨晩 at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

二日経って今日 一月一日は日曜日で、日本では祝日、穏やかな晴れの日です

日本人なら誰でも読めるが

外国人には超難解な日本語の読み。



タイトルの文章中の「日」の字

実は読み方が全部異なるのです。

一つの文字で読み方がこんなにもたくさんある言語は他にはなく

(中国ですら、基本一つの漢字は一つの読み方らしい)

日本語を学ぼうとする外国の方からすると

「頭がどうかなりそう」になるらしい。




こんなのもあるらしい。




生け花を生き甲斐にした、生え抜きの生娘

生絹を生業に生計をたてた

生い立ちは生半可ではなかった

生憎生前は生まれてこのかた

生涯通して生粋の生だった。




posted by 昨晩 at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1年も早や折り返し明日からは「〜したかのような」顔して生きる

潜在意識には時制がないので

それが未達成の願望であったとしても

達成したかのような気持ちや行動をすることで

潜在意識はそれがすでに達成したと認識して

後追いで現実をその願望に寄せていくという。

これを潜在意識の自動運転機能という。



願望を達成した自分なら、こう言うだろう。

願望を達成した自分なら、こう動くだろう。

願望を達成した自分なら、こう考えるだろう。

願望を達成した自分なら、こういう服を着るだろう。

願望を達成した自分なら、こういう歩き方をするだろう。



自分の行動や思考を常に

「願望を達成した自分」フィルターを通すことで

潜在意識はすでにその願望が達成されたと認識する。

その繰り返しが、願望を現実のものとしていく。

引き寄せの法則とは、こういう側面もあるのではないか。



潜在意識に願望が達成したと思わせることは

そして

現実の自分の言動が「願望を達成した自分」と同じであれば

自己肯定感、自己評価は高くなり

メンタルも強く健康的になるから

顔つき、声の張り、姿勢、佇まいが

願望を達成した自分そのものになるだろう。



傍から見れば「勘違い野郎」だし

「痛いヤツ」だし

「思い込みの激しいヤツ」であるが

現状や環境に対する自分の見方や受け止め方が

願望を達成した自分になっているので

悲観的にならず、余裕でいることができるのである。

「成りきる」ことの強さである。








posted by 昨晩 at 02:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする