2017年04月23日

人生で判定なんかどうでもいいことだよ

「ビストロスマップ」の最終回で

ゲストのタモリはこうつぶやいた。





人がどう言おうと関係ない、

それより、

自分が満足したかどうかだ、

自分が納得したかどうかだ。



たった1回の人生

たった1回しかない今日という日

納得いく過ごし方をしたか?

自分に胸をはれる過ごし方をしたか?

自分はごまかせない。










 
posted by 昨晩 at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

世の中は 金と女が敵(かたき)なり 早く敵にめぐり会いたい

今日は好い天気

久しぶりにのんびりできて気分がいい。

なので、とりとめもなくだらだらと

思いつくままに書いてみる。










ノマドという言葉を聞いて、意味を知ったとき

ずっと昔 iモードが出てきたころに聞いた 

ユビキタスという言葉を思い出した。



いつでも どこでも インターネットにつながると

生活や世の中が変わるよねって思ったけど

いつでも どこでも 働けるっていうのも

働き方を変えるのはもちろん

会社のあり方を変えるし

結果として社会も変わるかもって思ったな。











東日本大震災のあと、世の中の価値観が変わるって

確信した。

それは「つながる」という言葉に象徴されるように

縦や上下ではなく

横に横に広がっていく性質を持っているようだ。









働き方が変わる

どこでも仕事ができるってなると

会社への帰属意識が薄くなる。

当然上司とも関係が薄くなり

仕事は専門技術を持った社外の人と

より強い連携で進めていくことになる。

そういう人たちとのネットワークができるようになると

ますます仕事は横のつながりが重視されるようになってくる。










断捨離が流行し

捨てることや整理することが見直され

「所有する」から「シェアする」という考え方が支持されてきている。

持ち物は少なくていいという考えのもと

そうした暮らし方をする人が注目を集めるようになった。

ミニマリストというらしい。











利益確保を最優先に会社で心身ともに疲弊して

壊れる人が増えてきている。

働き手が確保できなくて

ビジネスチャンスを企業が逃している一方で

働きたくても場を提供されない高齢者や若者が増えている。

おかしいよね。

働いている人たちの中でも格差は広がっていて

正社員と派遣社員、契約社員とは

同じ内容の仕事をしても給料は違っていたりする。

同一労働同一賃金の原則があるにもかかわらず だ。

企業は自分に都合よく理屈をつけて

差があることを正当化しようとしている。

そういう会社は早晩人が離れていくことになるのではないだろうか。










便利はどこまで必要なのか。

スーパーが24時間営業必要か?

夜中におじちゃんやおばちゃんが品出しやレジ打ちをしているのを見ていつも

お父さんやお母さんを 家族が待つ家に帰してやれよ と思ってた。

こんなんで本当に人は幸せになれるの?って

疑問に思ってた。

今問題になっている宅配業界のサービスと人手不足も同じで

再配達や時間指定など確かに便利だし 自分も利用しているけど

その便利さを実現しているのは人で

その人に、ちゃんと対価が配分されているのか。

それとは別に

そもそもそこまでのサービスが本当に必要か? と

もう一度考えてみたほうがいい時期に来ている。

限りある人という資源の有効な使い方を

もう一度考えてみる必要があると思う。










今風のつながり方は

「絆」というほど強くはなく

もっと「ゆるい」つながり方のような気がする。

気軽で気楽なつながり方だ。

ツイッターやフェイスブックなどのSNSがその代表で

これらのつながり方に共通しているのが「共感」だ。

「いいね」ボタンをポチっと押すことで

濃淡のグラデーションは不明ながらも

肯定の同意は広がっていく。

この現象の裏側には

一人にはなりたくないが、過度に干渉されるのはイヤ だとか

人と争ったりギスギスした関係になるのはイヤだ、

自分のことは否定されたくないし

むしろ、認めてもらいたいという気持ちがあるのだろう。







しかし、こうしたゆるい繋がりや薄い繋がりが

案外実用的だったりもする。

たとえば、仕事を探しているときに

家族や仲の良い友人の紹介よりも

はるかに高い確率で

「単なる知人」の紹介によった方が

仕事にありつけることが多いのだ。

これにはちゃんと根拠があって

自分と近しい人だと、どうしても考え方や価値観

あるいは交友関係が似ていたり重なったりしているのに比べ

単なる知人は、自分と考え方も価値観も交友関係も大きく違うため

目新しい情報が入ってくる確率が高いからである。

こうしたこともあって

ゆるい繋がりは、共感とともにこれからの世の中の

中心的な機能や形態になっていくと思う。

これは、今風に姿を変えてるけど

昔の長屋や村社会と在り方が似ている気がする。

共同体っぽいって言ってもいいかもしれない。










メンバーシップエコノミーというビジネスモデルがある。

会員制ビジネスのことだけれど

これからは、このビジネスモデルが伸びていくと思う。

このビジネスの肝は

所有よりつながりを重視しているところにある。






情報商材の特典や売りも

ノウハウやツール、裏技から

会員だけのフォーラムへの参加権利が主流になってきているし

そのこと自体を商品とすることもあったりする。

人の繋がりはビジネスになるということだろう。











「いいね」のシェアは共感だけれど

見方を変えれば、それは「ある特定の価値観のゆるい集まり」

と言うこともできる。

そして、往々にして同じ情報や価値観の集まりは

対立や阻害を生む可能性もあるということ。

ここで必要なことが

許容と寛容で

異なる価値観であっても、それを認めるという

心の柔軟性だ。

人と人は違っていていい という当たり前のことを

受け入れる寛容さだ。

現実は白か黒かの2つしかないわけではなく

その中間の広いグレーゾーンがあるわけで

そこを常に認識していないと

偏った考えや行動に走らないとも限らない怖さもある。

多様性を認め受け入れるということ。












お腹が空いたのでこれで終わるけど

とりとめもなく書いた割には

どれもどこかでつながっている話のような気がするなあ。

バタフライ効果というか風が吹けば桶屋が儲かる理論的に言えば

世の中の出来事は全部つながっているんだろうな、やっぱり。

おしまい。















posted by 昨晩 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

寝て待てど暮らせどさらに何ごとも無きこそ人の果報なりけれ

なにかおもしろいことないかな〜 と

きょろきょろしながら過ごしているが

とんとおもしろいことにめぐりあわない。



いやなことはちょくちょくあるのにね。



でもまあつつがなく毎日暮らせているんだから

よしとしないとね。

足るを知る というやつだ。



上を目指すことはいいことだけれど

足元が見えなくなったらあぶないしね。

持っていないものや人のことをうらやんでもしょうがないし

持ってるものをもう一度よく見て

感謝して

気分よく過ごせたら上出来じゃない。



それに

気づいていない というか

忘れてしまっているようだが

健康でいられることがほんとうにありがたいことじゃないか。




体の健康 心の健康はなにものにもかえがたい。



くるかどうかわからないよいことをあてもなくまつよりは

いまかくじつにじぶんがてにしているものを

たいせつにしよう。



わるいことがなにもおきないということは

すばらしいことなんだよね。


posted by 昨晩 at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月14日

世の中に寝るほど楽はなかりけり、憂世の馬鹿は起きて働く

突き詰めて考えれば

「何のために働くのか?」 という問いの答えは

「のんびり、ゆったりした暮らしをするため」

というのも確実に挙がると思うのだが

「のんびり、ゆったり暮らす」だけなら

働かない暮らしものんびり、ゆったりしているわけで

そう考えると

働くことが果たして正しい選択なのか

なんだか本末転倒な気がしなくもない。



とはいえ、働くことと働かないことは

正反対のことなので、その結果とするところが

同じわけはない。



両者の違いは、収入を生むか否か、で

厳然たる違いがある。



マインド的なことはおいておくとして

やはり経済的な違いは大きい。



なんだけど

なんとなく釈然としない思いが胸の奥にわだかまるのは

働いてもそれに見合った対価が得られないことが間々あることだ。

そして、もっと始末におえないのは

そうして働いた結果、心身を害してしまうこともあるということだ。



こうなると

働くことの経済的メリットよりも

デメリットの方が大きくなってしまう。



何のために働いたのか? ということ。



体を壊すために働くわけもないのに

マジメに一生懸命働いた結果、怪我をしたり

病気になってしまうことが多かったりする。



そうなると

一番初めの話に戻って

果たして働くことは正しい選択なのか

ということについて

もう一度考え直してみることも大切なんじゃないかなと思う。



で、今、みんなが考え始めているのが「働き方」


今までと同じように働くのではなく

どう働けば

体を壊さずに、かつ提供した労働と同等の対価をもらえるのか、

あるいは

どう働けば

より短い時間でより多くの成果を挙げ、かつより多くの対価を得られるのか、

ということ。



どのみち、機械が人間に取って代わるときがすぐそこまで来ているので

そのうち人は今の仕事からはあぶれていく。

そうなる前に、なにをやるか、どうやるか、だれとやるか

を考えることはとても意味があることだと思う。



大きく世の中の価値が変わりつつあるリアルタイムの中に

今僕らは身を置いている。

それを不安と感じず、ワクワク感じる感性が求められている。



何をやってもいいし、何を選択してもいい。

全ての決定権と実行力は、自分が持っている。

昔も今も、やったもん勝ちであることは間違いない。












という妄想がPCの前に座っていたら浮かんできた。






posted by 昨晩 at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月13日

酒も博打も女も知らず 百まで生きてる馬鹿なやつ 

マジメは果たして正しいことなのか?



正しいことだと信じて生きてきたが

ホントにそうかと時おり思う。

別にそれが自然体ならそれでもいいが

かくあらねばならぬとの思い込みで

わざわざ窮屈な思いをしていたのなら

考え直してみる価値はあるかもしれない。



人生は、そして世の中は

人に迷惑をかけなければやっていけないようにできている。

にもかかわらず

迷惑をかけてはならぬと一人でがんばっているのは

まじめというのだろうか。

融通がきかないというのではないか。

なんによらず

ものの見方には両面あるので

ネガティブな見方もあればポジティブな見方もある。

どちらもおんなじことだ。

裏表だ。



ならば、やっぱりやりたいようにやるのが一番だし

それが幸せだろうし

それこそが自分の人生をまじめに生きている

ということになるのではないか。



posted by 昨晩 at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

うちの亭主とこたつの柱 なくてならぬがあって邪魔

年取るっていいね。

経験が増えるっていいね。




この前、テレビを見ていたら

珍しく菅野美穂が旅のリポーターをやっていた。



「普段は見れない別のハワイ」を紹介する内容で

活火山が作り出した荒涼たる風景や

マグマが海に滝のように流れ込むさまなどをリポートしていた。

その流れで、世界一きれいな夕日が見れる場所に行き

実際に沈みゆく夕日を見て

冒頭の言葉を彼女が言った。

今まで見た中で一番きれいな夕日 とも言った。




生きていればいろんなことがある。

楽しいことばかりじゃない。

というか、楽しくないことの方が多い。

だから、キモチが塞いでいるときや

体が弱っているときは

生きることに対して

どうしてもネガティブな考えになりがちだが

どっこい

生きていくこと、年を重ねることは

素敵なこともある ということを思い出させてくれたし

そういうところに意識して視点をフォーカスしなくちゃいけない

ということも思い出させてくれた。



そういえば、昨日か一昨日のテレビで

所ジョージが

寝たきりになっても生きていたい。

目だけは開けていたい。

だって面白いことが起きるかもしれないから

見逃したくない。

ここまでポジティブでなくてもいいけど

こういう考えをする人もいる ということを知るだけでも

自分の中の閾値があがるのではないだろうか。



亭主元気で留守がいい というように

家で邪魔者扱いされたら

フラフラ外に出かければいい。

なにか面白いことに遭遇するかもしれないのだから。




posted by 昨晩 at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月11日

逢えたら逢えたで別れがつらい、逢わなきゃ逢わぬでなおつらい

人生を左右するのは、才能でも運でもない。

やる気と勇気 前向きな気持ち。



それは すべて元気が基本

それが 人生を決める。



◆Blue 幸せになれる場所  文:秋月菜央







生活不活発病という病気がある。

高齢者や身障者に多いが

災害時の長期の避難生活などでも

発症することがあるという。

俗に言う「体がなまる」という状態の程度が強いもので、

心身機能の低下により、起きる、立つ、歩く、昇るなどの

日常生活に必要な動作に支障をきたすようになる。



おそらく、本人の意欲も低下しているので

運動したほうがいいよ

とか

なにか好きなことをやったら、、、

もっと食べないとチカラがでないよ

などと周囲が口やかましく言っても改善は難しいかもしれない。



早くに専門医に相談して

しかるべき環境に身を置くとか

指導に基づいたあれこれを実施するなどしたほうが良いのだろう。




ところで、俺自身もずいぶんここのところ

ブログ更新を怠ってきたが

従来の怠け癖とキャパの狭さ、意志の弱さのゆえんである。



とにもかくにも

元気が一番。

気分上々が幸せの素だね。



posted by 昨晩 at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする