2016年11月27日

木の葉ふりやまず いそぐな いそぐなよ





一人の時間はいい



考えたり

思い出したり

反省したり

後悔したり



甘く切ない時間を存分に堪能できる。

この時間がずっと続けばいい と思う。





一人の時間はいい



その人やこの人 あの人たちと

もう一度話すことができる

時間を共有することができる

楽しかったこと

面白かったこと

悔しかったこと

イヤだったこと

どれも今となっては懐かしく大切な感情であり

ひとときだ。

そのひとときをもう一度味わえるなんて

ぜいたくだ。




こんな贅沢なひと時を

何も急ぐことなどないではないか

ゆっくり じっくり味わおう。




いまさらカッコつけることもなく

カッコいいとこなどなにひとつ見せられなかった。

かっこ悪いとこばかり見せてきた 見られてきた。

だからいまさらどう見られようと気にしない。

俺は俺。

俺は俺だからさ。

だからこそ「俺らしく在れ」だよな。



うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ




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2016年11月26日

眠らばや落ち葉を払うことなかれ

なんだか久しぶりの好いお天気のような気がする。

なのに というべきかわからないが 眠い。

無性に眠い。

生活不活発症という病気があるようだが

なんだか本当に出不精になってきた。



眠いのならいっそ寝てしまえばいいのに

それはしないんだよね 俺。



で、だらだらっといつものように時間をつぶしているんだけれど

ハタと思い立って

スマホの画像ストックをめくっていって

冒頭の言葉を見つけた。



眠らばや 落ち葉を払う ことなかれ



誰の句かはわからない。

けれどなぜか気になって記録しておいた。



落ち葉を払わなくていい のは

カサコソ音がうるさく眠りの邪魔になるからなのか

それとも

この時期の落ち葉は払ってもきりがないので

ほうっておけということなのか

わからない。

両方の意味かもしれない。



ある日の午後の静かなひと時が連想されて

今このときと状況が重なる。



けれど ひょっとしたら作者は

自宅で臥せっているのかもしれない。

それも回復の見込みのない状態で。



そんな想像をすると

この句の意味は大きく変わり

自分の弛緩した時間とは対照的に

静かだが緊迫感を帯びた状況

わずかな希望と重い諦観が支配する時間が

目の前に現れてくる。



眠らばや落ち葉を払うことなかれ



みんないつかは

覚めない眠りにつくんだよな。



IMG_4421 - コピー.JPG



とはいえ

俺はまだ元気でピンピンしているし

やりたいこともいっぱいあるので

お迎えが来ても「まだ早い」と追い返すし

そもそもまだそんな年でもないので

「俺のピークはこれから」を自らに言い聞かせ

これからちょっくらお出かけしてくる。







posted by 昨晩 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月25日

僕のいる場所

このごろどうも会社が居心地悪くていけない。



別にみんなから嫌われてるとか じゃなくて

なんかこう 自分のやってることや自分の存在が

どれだけ今の会社に必要とされているのかなって考えたとき

別にいなくてもいいんじゃないか

俺でなくてもいいんじゃないか

そんな気がするんだよね。



自分と会社(=みんな)が 噛み合っていない

同じ方向を見ていない

そんな気がするんだよな。

もうしばらく前からだけどさ。



これはたぶん

会社やみんなに原因があるんじゃなくて

俺のほうに原因があると思うんだよ。



みんなについていけなくなったとかじゃないけれど

仕事してて違和感を感じるわけ。



自分がいる場所はここじゃないっていう感覚かな。



話もするし 仕事の流れの中に間違いなく

自分も組み込まれているし

自分がやるべき役割もちゃんとあるんだけど

それでも、依然として違和感というか

居心地の悪さ、浮いた感じというのが

まとわりついて離れない。



だからもうこれは潮時なんだろうな

と思う。



自分という存在が会社に何かを与え

それがなにがしか会社の成長に資する

同時に会社の成長やその中での自分の役務が

自分を成長させる

そんな相互成長の関係の時期が終わろうとしている

ということなんだろうなぁ と思う。






人も会社も世の中も

常に動いて変わり続けている中で

自分と会社の関係だけが変わらないなんていうことはないわけで

会社は成長するために新しい人を必要としていて

僕は僕で成長するための新しい場所を必要としている。

ようはそういうことなんだと思う。



こういう流れになったときに

無理にとどまることは双方にとってよくないだろう。



流れに任せて次の人を迎え入れたり

次の場所を見つけていくのがいいのだろう。



ずいぶん長いこと同じ場所にいて同じことをしてきたから

これから違う場所で違う人たちと何かをするということは

不安でもあるけど楽しみでもある。



でも、やることは今までと同じコトや

延長線上にあることだから

そこを心配することはない。



いつ、どこに動くのかはわからないけれど

最近はこんなことを痛切に感じているよ。






今 僕のいる場所が 探してたのと違っても

間違いじゃない きっと答えは一つじゃない

何度も手を加えた 汚れた自画像に ほら

また12色の心で 好きな背景を描きたして行く









posted by 昨晩 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

我慢するチカラが残っていない

ずいぶん前から

夜中の間食はやめよう

と、何度も決めて実行しようとしたが

そのつどその約束は守られず

自己嫌悪に陥り

自分への評価としては

決めたことを守れないダメなヤツ

で確定していた。




ところが先日読んだネットの記事で

それは己の強さなどとは関係なく

それゆえ自分を卑下することもまったく無い

と書いてあった。



夜中の間食をやめようと決めてもやめられないのは

意思の強弱ではなく

エネルギー量の問題である。



つまり

昼間の仕事に全精力を使ってしまっていると

夜自宅に戻ったときに

自分をコントロールするだけのエネルギーが

残っていないために

誘惑に抗うことができない というわけだ。



ここでハタと気がついた。



以前こんな記事を書いたことがあった。



そうなんだ。

ほんの少しの余力と笑顔が出るくらいの力は

残しておかなけりゃダメなんだ。



それを燃え尽き症候群みたいに

全部を出し切っちゃうから

家に帰った頃には電池切れでバタンキュー。

家族とも話さないわ、好きなこともやらないわ

あげくに寝る頃になってお腹が空いて何か食べてしまう

というサイクルの繰り返し。



だからこれからは

少しだけ余力を残すよう仕事をコントロールして

夜の時間を有意義に過ごそう。




それができれば

不当に自己評価を下げる必要もなくなるしね。








posted by 昨晩 at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

馬買はば 妹徒歩ならむ よしゑやし 石は踏むとも 吾は二人行かむ

何も用事が無い休日はずいぶん久しぶりな気がして

気ままにパソコンをしていたら

カミさんが

「明日弁当要る?」と聞いてきたので

あればうれしいけど、欲しいと言えば

そのために彼女は早起きしなくちゃいけないので

「明日は、要らない」と答えた。




午後もパソコンをしていると

カミさんが

「そろそろ物置からストーブ出してくれない?

 朝起きたとき台所が寒いから」

と言うので

二つ返事で即物置から持って来た。



そうなんだよなぁ。

俺は休みだからって自分のしたいことしかしていないけど

カミさんは休みの日でもいろいろ家族のこと考えてるんだよなぁ。

そして平日も

俺が寝てるときでもいろいろ家の事やってるんだよなぁ

と改めてカミさんエライナーって

心の中で感謝した。



そんな彼女は 今

息子に送ると言って

ミカンをダンボール箱につめている。



俺 この人でよかったなぁ としみじみ思った。





馬買はば 妹徒歩ならむ よしゑやし 石は踏むとも 吾は二人行かむ
(うまかわば いもかちならん よしえやし いしはふむとも わはふたりゆかん)


posted by 昨晩 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

われの云ふ 悲しきことと世の人の 悲むことと少しことなる

この頃は「自分の頭で考える」ということを

していないような気がする。



すべてがルーチンで

前例にのっとって

決まったやり方を踏襲している。

行動も思考も。



それはそれで、ある意味効率的であり

そういう姿勢で臨むほうがはかどる作業もあることは確かだけれど

そうでないものにも惰性でそういう対応をしているような気がする。



僕が僕であるためには

人と同じものをインプットしても

自分の中で今までの経験や知識や行動で得られた

僕なりのフィルターに通すことで

僕だけの僕らしいアウトプットをしなければならないと考えるのだが

どうも最近はズルして楽してフィルターを通さずに

当たり障りの無い、耳障りの良いものを適当に選んで

答えとしているような気がする。



自分のことなのに

「ような気がする」を連発することがそもそも

考えていない典型的な例で癪に障る。



みんなちがって みんないい 

なのに

ちがうことをおそれはじめたのか



それとも たんにのうみそがつかれて

かんがえることがおっくうになったのか





まあ、でも

ここ数ヶ月のことを考えたら

今はこんなでもまあいいじゃないって

自分を許してあげたい気持ちもある。



あとになっていまのことを振り返れば

あんなときもあったよねって言えるから。







posted by 昨晩 at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

星とともに在る

その日、星は落ちたけれど

消えてなくなったわけじゃない。



僕は星の分身だったと気づいた。



僕は星と一体だし

星は僕の一部で

僕の中に星はある。



どこにいても

どんなときも

僕は星とともに在る。







posted by 昨晩 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これから

今日は朝から雨

体調もいまひとつですっきりしない。

ひとしきり強くなる雨音を聞きながら

久しぶりののんびりゆったりとした気持ちでいる。




僕の前には

「これからどうする?」

という問いが依然として構えていてどこうとしない。




今までもそうだったが

こうしたときはたいていもう気持ちは固まっている。

もうとっくに決めているのだ。

それを自分で認めようとしない悪い癖が出ているだけだ。




そうしたいからする。

今までしてきたことは根拠なくしてきたわけじゃないから

当然これからすることにも影響を与える。




したいからする。

好きだからする。



そのシンプルさのみですぐに行動できる軽やかさを

いつになったらもてるのか。



当面は何かをきっかけに

それを口実にして

次に踏み出そう。




予報では夕方から天気は回復するようだ。

そうした見通しも僕の気持ちを明るくする。

こういう流れのときはたいていうまくいく。

遅まきながら

僕は次の流れにようやく乗ろうとしている。

いいぞ。







posted by 昨晩 at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする