2016年08月22日

親はありがたい

いくつになっても

親は親、子は子。




子供が大人になったからって

親の前では子供



どんなに社会的肩書きがあろうと

親の前では子供



親子の関係って絶対なんだな。



子供が社会的分別ができたからって

子供が社長になったからって

親が年老いたからって

親子の関係がひっくり返ることはない。

親は親、子は子。



親が年老いて

子供が何かと労わらないといけなくなったとしても

体の丈夫さでの優劣は

親子関係にまったく影響しない。



親はありがたい。

たとえ年に数回しか会わなくても

「家に帰れば親がいる」

この安心感は絶対だ。

何者にも変えがたい。



だから

親は大切にしないといけないね。

かけがえのない存在だから。



親が生きているってことは

ありがたいことなんだよね。




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2016年08月20日

心が揺れるときの対処法

1. 紙に書き出す



自分が何に対して心配しているのか、

何が自分を苦しめるのか

何に囚われているのかを

順不同で思いつくまま書き出そう。

言い回しが違うだけで、内容は同じようなことでも

気にせず書き出そう。

あらかた書き出したと思ったら

その内容を見てそれぞれについて

その心配事が引き起こす最悪の事態を書き出そう。

それについて、案外たいしたことないと思えれば

もうそのことについては悩む必要はないとわかったはず。

案外重大な結末もありえるとなれば

そうなったときの対処法や自分の心構えについて

書き出そう。

また、重大な事態にならないような方法があるのかも考えて書き出そう。




いずれにしても

紙に書き出すことは

頭の中の混乱や実際以上に膨らんだ妄想を

原寸大にして客観的に眺めることになるので

落ち着いて冷静に考えたり判断したりすることができる。



何より大事なことは

そうすることで

「今できる最善のことを自分はしている」という意識ができること。

こう意識できれば

後になって、もっとほかのやり方があったかもしれない

とか

自分はベストを尽くさなかったのかも知れないといった

根拠のない自分攻撃をしなくて済むことで

このことの効果はとても大きい。



で、最後は

紙に書いたことをスピーディに実行していくだけだ。



posted by 昨晩 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月18日

書き続ける

今までそれなりの期間

このブログの記事を書いてきた。

我ながらよく続いたと感心している。

最近は少し滞りがちだけれど

始めたときの「自分への備忘録」という意味では

十分意味があったと思っている。

まさに自分にとってこのブログの記事は

心のビタミン剤でありパワーチャージの源である。




こうして続けることで

薄い紙が積み重なるように

小さな石が積み上がるように

自分の中で耐性が育ってきたのであろうし

心の準備も少しづつ出来上がってきているのだと思う。



ぼくはきっと

そうしないとできないタイプの人間なんだろう。

それをきっと無意識にわかっていたから

このやり方〜ブログの記事を書き続ける〜を

やってきたんだろうし

このやり方しかできなかっただろうし

このやり方がベストだったのだと思う。

そしてきっと

これからもそうだと思う。



ぼくは書き続ける。

自分のために。



posted by 昨晩 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

考えは変わるもの

今朝の「とと姉ちゃん」で

平塚らいてふが

「戦前だったらそうしたことを書いていたかもしれないけれど

 今は違うわ。戦争が終わった今は、考えが変わったの」

「考えは変わるものよ」

「考えは変わっていいのよ」




これらの台詞の前後の流れは割愛するが

あらためて

そうだよなぁ

考えって変わるんだよな

変わっていいんだよな

と思った。




そのとおりなんだけど

日常の中ではついつい従来の考えに固執してしまう。



別に意地になっているわけではないが

考え方に柔軟性が欠けているというか

幅のある柔軟な考えが思考としてできにくくなっているような気がする。



年をとったということなのか。

狭い幅の中で物事を考えたり判断したりしているのかもしれない。





そうした硬くなった脳みそを柔らかくするには

運動してよく寝てよく笑うことがいいような気がする。





変にマジメというのは

極端な言い方をすれば

バカとほぼ同意かもしれない。



いい加減であってはいけないが

いい加減を認めるゆるさも必要。

そうした環境で初めて自分が自分らしく居られ

のびのびと思考の羽を伸ばすことができるようになる。

そうなったときが

考えを自然に変える自分になれるのだと思う。



自然体が一番強い

しなやかな心と柔軟な思考

「考えは変わるもの」という言葉は

当たり前すぎて忘れてしまっているとても大事なことを

思い出させてくれた。





そういえば、遠い昔

「気持ちって変わるものよ」

という言葉とともに

女の人が離れていったことがあったなぁ。




変わった方はいいかもしれないが

変わられた方としては

なかなか切ないものがあったなぁ

余談だけど。











posted by 昨晩 at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

その島のひとたちは、ひとの話をきかない

今日ちょこっと手にとって読んだ本

「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」

(青土社 / 森川すいめい 著)

は、とても興味深い本だった。



森川さんは精神科医で自殺予防に長年取り組んでいるのだが

思うように成果が出ない状態が続いていた。

そんなとき、岡まゆみという人が書いた

「自殺希少地域」の研究書を読み

目からうろこ状態になり

そこから「自殺希少地域」に足を運び

いくつかある「自殺希少地域」の共通性や

「自殺多発地域」との違いについて研究を深め

そこから独自の(というか当たり前の)シンプルな結論に

たどり着く。



この本「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」は

そのプロセスとシンプルな結論を綴ったものである。



全編面白いのだが

とくに自分的に注目したのが

「自殺希少地域」に共通していることのひとつが

地域の人間関係が希薄であるということ。

自殺多発地域の人間関係のほうがはるかに人間関係が緊密であるということ。



作者の森川さんも書いているが

「自殺希少地域」に行くまでは

その地域は、人間関係が濃く、情けと会話にあふれた

癒しの地域なんだろうと想像していたが

いざ現地に行ってみると見事に空振りした、というところだ。



「自殺希少地域」の人たちは

近隣との付き合いは「立ち話し程度」「挨拶するくらい」

が多数を占めていて、決してべたべたせず、深入りせず

それぞれがいい意味で不干渉を貫き良い距離感を保っている

というのだ。




ここのところが

以前書いた「ゆるいつながりが実は一番強い」

「ゆるいつながりが一番役に立つ」

「これからの世の中は『ゆるいつながり』が中心になっていく」

ということにつながると感じた部分である。



SNSがこれだけ受け入れられている理由も

そこにあるのだと思う。




人間関係は

近すぎると息苦しい。

離れすぎると疎外感がキツイ。

(自分都合で)必要なときに必要なだけつながりを感じられる

という距離感が人は一番居心地がいいのだろう。




事実、自殺多発地域の人間関係の緊密さは共通して高い。



人は人間関係なくして生きていくことはできない。

それゆえ、人は人間関係で一番ストレスを受ける。

人間関係が緊密であればあるほど

一度その中で失敗すると居場所を失ってしまうことが多い。

そうなると疎外感もハンパないことになる。






転職先を探すとき

人間関係的に濃い家族や友人の紹介よりも

「ちょっとした知り合い」程度の人の紹介のほうが

はるかに成果が出ているというのも

ゆるいつながりの強さの事例のひとつである。




自分と人は違っている という認識が当たり前のこととして

皆に認識されている。

だから多様性も受け入れられる。

同調圧力もない。

その分「自分は自分」という意識もしっかり持っている




本のタイトル「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」も

そんな価値観をもった島人たちだからこそ

外部からきた人には「そういう風に写る」のであり

実際に外部から来た人が言った言葉でもある。





自分をしっかり持っていて

かつ他人も自分とは違う存在として認識して

適度の距離感でつながっている






一人でも多くのひとがこのような考えに変わっていけば

世の中はずいぶん居心地がよくなり

自殺する人も減り

豊かになっていくんだろうと感じたことでした。




そして

なんだか「真実」は姿かたちを変えて

いろんなところから浸透してきているなあ

と感じた一瞬でもあり現象でもありました。






posted by 昨晩 at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

僕が何かをすることで僕以外の人たちが喜んでくれることが、今の僕にとって何より大事なこと

イチロー選手がメジャー通算3,000安打の偉業を達成した。

メジャー史上30人目、

その30人の中ではイチロー選手の27歳デビューが

一番遅いという。



すごいですね。



おめでとうございます。

そして、野球の本場アメリカでの記録達成に

日本人として本当に誇らしく思います。



日本ブランドを高めるという意味で、貢献度MAX。

後に続く人たちに歩きやすい道を作ってくれました。



有名無名問わず、世界中のあらゆる場所で

あらゆる業界で

規模の大小問わず同様の役割を果たしてくれている日本人は

多いんだろうな。

皆さん本当にありがとうございます。



そのイチロー選手はインタビューの中で

こんな風に言っていました。



あんなに達成した瞬間にチームメートたちが喜んでくれて、

ファンの人たちが喜んでくれた。



僕にとって3000という数字よりも

僕が何かをすることで僕以外の人たちが喜んでくれることが、

今の僕にとって何より大事なことだということを

再認識した瞬間でした





3,000本の記録より

周りが喜んでくれたことが自分にとって大事





この部分に僕はとても魅かれましたね。



お金や地位や名誉や記録より

自分の存在意義

自分の役割

を果たすことに、より重きを置く

と言っていると思うのです。




それは、

より価値を感じる、

より大事に思える、

より喜びを感じる

よりやりがいを感じる

ということでもあると思うのです。




人のために自分が何かをすることが自分の喜びとなる

ということは

人の本質の中に刷り込まれている

根源的な本性なんでしょうね。




本来はプロの選手なのですから

お金や記録、あるいは人気を

価値観の上位において結果を出しにいくべきなのですが

そういうプロ中のプロの口から

このような言葉が出てきたことに

驚きと感動とイチロー選手の凄さを改めて感じたしだいです。





posted by 昨晩 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

自分らしく

後ろばかり見ているからって

前向きじゃない、と

自分を責めなくてもいいよ。



人にはそういう時間も必要だし

そういう時間が多くなる時期もある。



それはきっと心がそれを望んでいるからだし

それはきっと心が必要としているからなんだと思う。



人によってはそうすることが次に向かうパワーになったりもする。

チャージの仕方は人それぞれさ。



あまり考えすぎないほうがいい。

大事なことは

心が求めることに素直になること。



そうして心に水をあげて

いたわり、いつくしみ

今までを肯定し

自分を肯定する時間を持とう。










posted by 昨晩 at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする