2016年01月31日

きのうの私は別の女の子

ふしぎの国では

あたり前な出来事なんて

ひとつも起こらない。



常識とかモラルとかコンプライアンスなんて

関係ない。



普通じゃない人や動物たちが

普通じゃないことを次々魅せてくれるから

普通の人たちが喜んだり驚いたりあこがれたりする。



なのに

あなたのまわりの大人たちは

あなたに普通のように振舞うことを強いている。



苦痛だよね。

イヤだよね。

できないよね、そんなこと。



水ぎせるをふかすイモムシや

眠りネズミやニセ海ガメ



この国で交わされるへんてこりんな会話や言葉は

普通の国では通じない。



あなたが何気に使ったワードも

普通の国では面白おかしく一人歩きしてしまう。



どうやらあなたはふしぎの国から普通の国に

迷い込んでしまったみたい。



だから

いまこそ歩き出そう

元居たふしぎの国に。



チェシャ・ネコも言ってるよ。

あんたがどの道をゆこうと、かまわんじゃないか。

どこかに出られるにきまってるさ。

たっぷり歩きさえすればね!






posted by 昨晩 at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

友達で押し通す予定バレてなお恋は盲目お先真っ暗





周りが反対すればするほど燃え上がる

ロミオとジュリエット効果は吊橋効果と同じ原理。

ドキドキの勘違い。

だけど本人だけはわからない。

この恋は本物。

この愛は不変。

私達だけがわかっていて

それだけでいい。



だけどさ

現実は違う。



死なない人がいないように

冷めないキモチもない。

永遠もないし

絶対もない。



それでも君がいいって言うなら

好きにするといい。

人生は1回

自分の好きなように生きるのがいいからね。



だけどね

これだけは覚えておくといいよ。

死なない人がいないように

冷めないキモチもない。

永遠もないし

絶対もない。

そして

気づいたときはいつだって

遅すぎるんだ。




posted by 昨晩 at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月30日

7年ぶり!





つい今しがた

私の心の中で大きな変化が起こったけど

それは誰にも言わないでおこう





銀色夏生 7年ぶりの写真詩集 「夏の森」

どうかなぁと心配しながら見たけれど

変わっていなくて安心

いくつになっても らしさ があって

あなたはあなたをちゃんとやってた。

ありがとう だね。





posted by 昨晩 at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真珠のコップ





石田衣良の恋愛短編集「スローグッドバイ」に入っている

「真珠のコップ」が好きだ。



もうこの本を買ってから10年以上たつが

毎年のように読み返している。



そして初めて読んだときと同じ様に

切なくなり涙ぐんでしまう。



この話のなにが自分をひきつけるのだろう。

なにか自分の心に響くもの、共感するものがあるから

こんなにも繰り返し読むのだろうけど

それがいまいちわからない。





その女性とは友達のままで、二度目のセックスはなかった。

彼女には結婚を約束したステディがいるという。

好きだけど、その相手にはなにかが足りないのだそうだ。

自分の生活と同じだとヒロトは思った。

生きてはいるが、なにかが足りない。

その足りないものがリカコなのかどうか

自分でもわからなかった。





自分の中にも

なにか物足りなさを感じる部分があるのだろうか。



一途な純愛をしたいとか

若い頃に戻りたいだとか

満たされなかったなにかがあるのだろうか。



それとも

自分はともかく

この話の中では彼らが望む方向にいけそうなのを見て

心が安堵と喜びを感じているのだろうか。



なんにせよ読むたびにキモチが心地よく揺れるのは悪くないので

この話はこれからも読んでいくんだろう。

スローグッドバイ.JPG




posted by 昨晩 at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月28日

あらためて驚いたこと

芸能界のことはわからないし興味もない。

テレビもあまり見ない。



そんな自分がここしばらく興味深く見ていたのが

SMAPの件だ。



それは、芸能ニュースとしてではなくて

労務問題としてだけれど。



で、今日の記事は

その労務問題ではなく

たまたま見ていたこの前のサンデージャポンという番組で

デーブ・スペクターが発言したときの他の出演者の反応に

とても不自然さを感じて

それが

自分がこのSMAP関連の報道を見るにつけ感じていた疑問とつながると

感じたからだ。



それはつまり

これだけの芸能ニュースなのに

出てくる情報は全てスポーツ新聞からで

テレビ局の独自取材がなかったことである。



そんなこと当たり前じゃん。

ジャニーズ事務所所属のアイドルを番組に使っているテレビ局が

自分の首を絞めるような取材なんてできるわけないじゃん。



そうなんだろうけど

ここまであからさまだと

あらためて驚いてしまうし

テレビ局ってマスコミとしてどうなんだろうと

考えてしまう。



まあボクが考えたところで1ミリも影響はないんだけど

本当にちょっと驚いてしまった。



数少ないそこを書いた記事:

http://lite-ra.com/2016/01/post-1916.html

http://www.mag2.com/p/news/140595







posted by 昨晩 at 03:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月23日

you only live once : YOLO

仕事の手帳を見返していたら

フセンが貼ってあり

そこに

YOLO 

you only live once

と書いてあった。



そのフセンのことは全く記憶になく

どうしてそんなことを書いたのかも覚えていない。



だけど

そんなことはどうでもいい。

大事なことは

YOLO

you only live once

ということだ。





YOLO

you only live once



つまり

人生は一度きり

ということ。



この当たり前だけど

忘れがちになる真実を

どれだけ真剣に毎日の生活の中で

意識して実践できるか。





YOLO は ヨウ ロウ と発音して

ひとつの言葉として定着しているらしい。



そして

Let's skip school and go to the beach today. YOLO!

(今日は学校なんかサボって海に行こうぜ!人生は一度きりだぜ!)

なんていうふうに使われるらしい。



なんかいいよね。



Let's skip business and go to the beach today. YOLO!



くぅ〜、言ってみてぇッ




posted by 昨晩 at 01:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月17日

我が上京次は知らぬが故郷に 子の戻らぬを知るぞかなしき





正月に帰省した折に

次男が

足りないあれこれ、欲しいあれこれを

カミさんに言ったらしく

今日それらを届けに行ってきた。



まあ想像はしていたけれど

想像以上に散らかっていた部屋に

自分の学生時代を棚に上げて

あきれるばかりであった。

男やもめにウジが湧く とはよく言ったものだ。



カミさんと部屋を片付けながら

俺が次にこの部屋を訪れるのはいつだろう

いやはたして次があるだろうか

などと考えていたが

部屋の中が充実していく様子を見て

そうかヤツは此処を学生の今だけではなく

社会人になってからも根城にしていくのだなと

あらためて気づくとともに

そうなるともう家には戻ってこないのだという現実が

にわかに身に沁みて

なんだか少ししんみりしてしまった。



こどもの成長に伴って

こんなことはどこにでもあることとはいえ

やっぱり小さい頃から育ててきた身になると

感慨はあるわなぁ。





帰りの高速からの夕焼けは

忘れがたいものになった。



posted by 昨晩 at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月15日

これからは共感が最大の軸となる

ビジネスはコミュニティを作ること。

半径500メートル以内の人が喜ぶことをやれ。

ビジネスは三ちゃん商売に戻っていく。

父ちゃん、母ちゃん、ばあちゃん。

これからは共感が最大の軸となる。





成功のステップとして

「小さな世界で一番になる。」

手法がある。



自分の強みを生かして

町内で、学区内で、地域で一番になる。



その過程で

お客さんを増やすことより

お客さんに笑顔になってもらうことを一番に考えて

今いるお客さんの定着を優先する。

つまりは

「ありがとう」をいかに集めるかがポイント。



マインド的には

商売というより奉仕に近いかもしれない。

だけどその「お客さんのことを自分ゴトと考える姿勢」が

共感を呼び

その共感がじわじわと広がっていく過程で

自然体のゆるいネットワークというかコミュニティが

生まれる。



このつながりは

しなやかで強い。

信頼と安心がベースにあるから。



お金を使った広告より

身近な人のオススメが強い時代になった。




posted by 昨晩 at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月14日

志定まれば 気盛んなり

道に迷うのは、地図を持っていないからじゃない。

目的地を決めていないからだ。






昔読んだ本に確かこんな言葉があった。

その頃のボクは

先のことなど考えず

計画もせず夢も特段なく

ただただその日その日を過ごしていた。

もちろん一生懸命にというわけではなく

普通にフツーに過ごしていた。



別に人生の道に迷ったというふうに考えたことはなかったけれど

ああ、うまいこと言うなあと感心して

今の日々の過ごし方は

迷ったといえば言えるかもしれないなと

納得もした。



あれからずいぶん時間が過ぎたけれど

あまり当時と変わったという実感はない。

さりとて迷っているという気もないけれど。



ただここにきて

社会的に節目を迎えたことで

内面的にもわかりやすい自分なりの節目をつけてもいいかな

と感じてはいる。



で、自分なりの節目だけれど

しばらく前から頭の中でもやもやしていたものが

少しづつカタチを成して来つつある気がしている。

あと少し あと少しという思いがある。



そうなったあとの自分や日々が

とても楽しみである。



志定まれば、気盛んなり。



posted by 昨晩 at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

ゴールドラッシュにスコップを売る

19世紀半ばにアメリカのカリフォルニアで起きたゴールドラッシュ。

このとき、一番儲けたのは誰か?

大量の金を掘り当てた人?

ではなく

金を掘るためのスコップを売った人だとか。



ほかにも

金を掘る作業をするときに履くジーンズを売った人や

金鉱の地図を売った人も

儲けたといいます。



つまり

金を掘り当てるために多くの人が殺到しているとき

そのすぐ隣にも

ビジネスチャンスがあったということ。



これって別にゴールドラッシュ限定のことではないですよね。



成功したいなら成長分野でコトを起こせ、

と言いますが

成長分野の中の本流本命以外の商品・サービスでも

目の付け所によっては

大きく儲けるネタがあるってことを

この話は示しています。



売れている商品やサービスの周辺にある(かもしれない)

付随するもの、あると便利なものなど

補完商品やサービスに少し思いをめぐらせて見るのも

いいかもしれません。





なんだか今日の内容は

どこかのビジネス系メルマガみたいだな。。。





posted by 昨晩 at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月12日

過去と未来を鉄の扉で閉ざせ。今日一日の枠の中で生きよ。

夕方 なんともいえない雲が西の空に広がっていた。

1月の空.jpg





長い3日間だった。



餅つきしたり

自分やカミさんの実家に行ったり

家族で初詣行ったりと

何かと行事の多かった年末年始の6日間よりも

長く感じた3日間だった。



で、自分的にはこの3日間でのハイライトは

久しぶりの「ご近所おじさん3人組」での

近況報告会だった。



この「ご近所おじさん3人組」というのは

たまたま家が近くで

かつ子供が同年代ということで

もうかれこれ20年以上にわたって

家族ぐるみでお付き合いしている3家族の

お父さん3人の寄り合いなのだが

昨年はお互いタイミングが合わず

3人一堂に会することがなかったのだ。



今回の寄り合いのテーマは

「これからどうする」であった。



3人のうち福祉関係の仕事をしているMさんが

この春で会社を辞めようかと考えているとのことだったので

そう考えるに至った事情や今後のプランを聞きながら

自分ともう一人のSさんとで

あれこれ意見を言い合ったわけだ。



3時間ほどではあったが

互いの近況も聞けたし

とても刺激的で有意義なひとときだった。



次回は2週間後ということで

それぞれが宿題を持ち帰ることになった。



Mさんは

自分がやろうとしていることについて

市場の規模や将来性、収支計画など

独りよがりになってはいないかと

客観的な意見を聞きたかったようだ。



ようは事業計画なのだが

会社の仕事とは違い

とてもワクワクした気持ちになる。



うまくいくように自分が力になれるところは

一生懸命にお手伝いするつもりである。



遠くを見ながら、その日その日を計画的に過ごしていけば

必ずやろうとしていることは実現する(はず)。





いい感じの夜空だった。

1月の夕空.JPG





posted by 昨晩 at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月11日

変わりたいなら、行動と環境を変えるのが一番。

行動を変えずに

結果を変えることはできない。



収穫したければ種をまけ。

大根がほしければ大根の種を

人参がほしければ人参の種をまくことだ。



種もまかずに収穫したいと思っても無理だし

大根がほしいのに人参の種をまいても

大根は収穫できない。



そして

同じ人と付き合い、同じ場所にいる限り

変化は起きにくい。



なぜなら

情報は人が持ってくることが多いから。



同じ人と付き合っている限り

変化を起こすほどの情報に接する可能性は低い。



違う場所に行って

違う人と接触すれば

驚くほど価値観の違う情報を得ることができる。



それをどう生かすかは

自分次第。



変わりたいなら

まず行動を変えて

同時に

自分の居場所と付き合う人間を変えることだ。







posted by 昨晩 at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月08日

ちちははのよろこびのなかに生まれしと告ぐれば少女子(をとめご)眸(まみ)を伏せをり

夫と別れ小さな娘二人と暮らしていた辺見じゅんは

この歌をどんな状況で詠んだのだろう。



今はいない父親だが

お前達が生まれたときには

父も母も本当に喜んだんだよ。

生まれてきてくれてありがとうと感謝したし

自分たちはなんて幸せなんだろうと

ありがたく思ったんだよ。



言う母親も聞く娘達も

その心中は複雑であったに違いない。



この歌を見たとき

この句を思い出した。



生まれしを幸かと聞かれ春の宵



ランドセル俳人と呼ばれた小林凜君の句だ。



天は時に人に過酷な運命を与える。

それは魂が浄化する過程で多くの人の心を打つ

何ものかを生み出せる力を持った人だけに与えられる試練なのか。



幼いこころは

理不尽さに対する理解はなく

ただ運命なんだと思うほかなかったのではないだろうか。

抵抗せずそのままを受け入れるその自然体が

結果としてこころのしなやさかを生み

そのしなやかさが言葉になって見える化した。



ふたつの歌と句に漂う

ちいさなこころの静かな悲しみが切ない。





posted by 昨晩 at 03:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仕事は、「ありがとう」を集めることで回ってゆく。

お客さんの数もお金も

そして信用も

集めた「ありがとう」の数に比例する。



お客さんにどうしたら喜んでもらえるかを

考え実行することが

仕事がうまくいくことにつながっていく。



どうしたらお客さんが喜んでくれるかは

直接お客さんに聞いてみるのが一番いい。



聞いて、やる。

聞いて、やる。



ひたすらこの繰り返し。



こうやって考えると

成功の反対は失敗ではなく

「なにもしないこと」だということが良くわかる。

失敗は成功の途上の「ある時点での状況」に過ぎない。

だからこそ

失敗したといって諦めてしまうのではなく

失敗したと感じたら

どこかを工夫改善すれば成功につながるかもと考えて

また実行するのが成功への道である。



このとき

あきらめずに続けることができるかどうかは

「お客さんに喜んでもらいたい。

 お客さんの喜ぶ顔が見たい。」

との思いの強さにかかってくる。

自分の本気度が試されるときでもある。









posted by 昨晩 at 02:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひとつにしぼって、それを極める。

新しい何ごとかを学ぶときは

あれこれいろんな種類のテキストをそろえて

勉強したりするけれど

自分的には

複数のテキストを使うより

自分に合った物を1冊見つけて

それを繰り返し勉強する方がいいようだ。



また

このことは

単にテキストの種類や数だけでなく

学ぼうとする対象にもいえる。



つまり

複数の事柄に関心があって学ぶ場合でも

並行して取り組むより

ひとつづつ極めていく方が結果として良い気がする。

あくまでも「僕の場合は」なんだけれど。



あと

とっかかりとして

漫画で描かれた解説本も

多くのジャンルで出てきているので

まずは漫画でざっと全体を把握するというのも

時間がないときなどは結構効果的だったりする。




posted by 昨晩 at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

正月もハレの日でなし日向ぼこ

注連飾り.JPG



暮れから正月にかけて

ゆっくりしたようなしないような

微妙な6日間だった。



年に一度 家族が全員集合するこの時期は

自分にとってはとても貴重でかけがえのない時期である。



家族全員で初詣に行き

おみくじを引く。

皆で雑煮を食べ

互いにきた年賀状を見る。

高校サッカーの県勢を応援し

箱根駅伝で母校を応援する。



何年も続いてきたいつもの正月風景である。



にもかかわらず 何かが足りない。

何かが違う。



特別感がないというか

華やかさがないというか

自分の中で盛り上がりに欠けるというか

以前ほどときめかない。



正月といえども

昨日と変わらぬ今日であるし

先週末の土日と変わらない休日である感がぬぐえない。



正月はもはや

自分の中で 特別なとき ではなくなったのかもしれない。

それだけ年をとったということか。



少し寂しい気もするけれど

じつはそんなにイヤではない。

自分の感覚の変化に戸惑いながらも

その変化を楽しんでいる部分もある。

変わるのは良いことだと思うから。









posted by 昨晩 at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする