2015年08月27日

出発点は言葉。到着点も言葉。

コピーライターの前田知巳さんのセミナーに行ってきた。



事前資料のプロフの写真と実際の本人とでは

実際の本人の髪がかなり長く

怪しい、うさんくさいという意味で

非常にインパクトがあった。



しかし話を始めると

朴訥というか言葉を選びながら話している風で

真面目な人柄を想像させて好感が持てた。





ユニクロの仕事をするきっかけというのが

ニューヨークに旗艦店を出すプロジェクトを

柳井社長が佐藤可士和氏に依頼してふたりで話をつめていく中で

このプロジェクトひいてはユニクロを表す言葉が必要ということになり

彼に話が来たということだった。



前田さんが柳井社長と最初の打ち合わせをしたときに

開口一番柳井社長にこう言われたそうだ。



私の頭に入ってきてください。



その言葉を聞いて

自身が仕事をする中で経験的に理解していたことと一致していたため

直感的に納得できたそうだ。



社長の頭の中に入る とは

社長の頭の中の景色と同じ景色を見れなければ

仕事にならないということだ。



だけどその景色は

山にたとえるととても高い山であり

しかも誰も見たことがない山である。



その山を皆に伝えなければならない。

そのためにはまず言葉が必要になる。



(以下続く)





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2015年08月26日

人生の灯ともし頃に降る小雨

誰かがボクを呼んでいる

遠くかすかに聞こえるボクの名を呼ぶ声

あれは誰だろう

どうしてボクを呼んでいるのだろう

何か伝えたいことがあるのだろうか

その相手は本当にボクなのだろうか







まだ20代の頃は

50代の上司はそこそこ年寄りで

自分とは感性がまるで違い

年齢からくる乖離感は埋めがたいものがあった。



ところが

自分が50代になり

20代や30代の連中と話しても

年齢の差は微塵も感じない。



自分の若い頃の上司と今の自分は違う

と思いたい気持ちはわからなくもないが

やはりそれは通らない。



彼らから見れば今の自分はやはり

当時の自分の上司と同じなのだ。



この双方にあるギャップやスキマが

時間をかけてはっきりと認識できるくらいに明確になってくると

自分の老いと疎外と諦めが心の多くを占めるようになり

自分の居場所が急に危うく居心地の悪いものに感じてくる。



自分が

此処にいてはいけない人

に感じられるのだ。



ただ

このことは決して悲しむべきことでも

嘆くことでもない。

人の世の常であり自然の摂理なのである。



世代世代でそれぞれ役割があり

ステージが変わっただけなのだ。



多くの先人が通って行ったように

自分も今その位置に差し掛かっているのだ。



この先に何があるのか。

どこにつながっているのか。

それは行ってみなければわからない。



わからないことを不安に思うのではなく

わからないことをドキドキワクワク感に変えよう。

変化を楽しもう。



年齢に関係なく

境遇に関係なく

雨は降る。



雨は降るものと最初から想定し

雨は降るものと織り込み済みで進んでいくのがいい。



こころが落ち着いてくればきっと聞こえるはずだ。

自分の進むべき道を教えてくれる声に。



考えなくていい。

悩まなくてもいい。

声は自然に聞こえてくるから。

そしてただ声に従うだけでいい。

安心して進んでいい。

なぜならそれはさらに先にいる未来の自分の声だから。



■掲出歌/静岡市丸子 多田幹江






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2015年08月25日

ひっそりと道はまっすぐに伸びてをり暑い熱い日なりき





午睡から目覚めたら誰もいなかった



首筋を伝う汗を拭いながら

誰か と呼んでみたが

しんとした気配があるだけだった。



手ぬぐいを首にかけ

裸足に下駄で玄関先に出ると

照り付ける陽射しと立ち上る小さな陽炎の向こうに

往来を往く人が揺れて見えた。





遅い夏にやってきた

数多過ごした夏の中でも特別になる夏の始まりだった。









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2015年08月23日

うるせぇよッ

人間生きてりゃ失敗もするし

人に迷惑も掛ける

周りから責められて

四面楚歌 絶対絶命と思えるときもある。



そんなときに

自分を支える言葉として

正当ではないにしても

効果としては期待できる言葉が これ。



品行方正ならいいってわけじゃない

清濁併せ呑む度量も時に必要。



そんな実例がまさにここで語られている。

この回はいろんな意味で面白かったし

タメになった。












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2015年08月22日

人走茶涼

中国の腐敗追放政策の記事を読んでいたら

この言葉が出てきた。



直訳すれば

人が去れば お茶が冷める



権力の座から離れとたんに

今まで周りにいた取り巻き連中はあっというまにいなくなる

あなたの言うことを聞く人も いない。

なのにそれに気がつかないで

いつまでも以前と同じ様に振舞うのは

もうやめなさい。



要は

年よりは口を出すな

ということ。





長いことそれなりのポジションにいると

人間勘違いすることもあるだろうね。



周りは その人 ではなく 地位や肩書き に対して

尻尾を振ってたんだけど

本人はそれに気がつかず

自分という人間に皆が魅力を感じていると

勘違いしてしまう。



滑稽だし哀しいよね。



経年劣化は人の常

分をわきまえてこその老後かな













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過ぎ行く夏の午後に思うこと

季節は過ぎるもの。



夏に限らず

大昔から

季節はめぐりそして過ぎてゆく。



季節の変わり目は

これから始まる季節に心を向けよう。







樹々を見て  花を見て

僕らのために咲いていると感じるとき

ボクは思うんだ

なんて素晴らしい世界だと。



空を見て  雲を見て

昼間の明るさや  夜の闇に身を置くとき

ボクは思うんだ

なんて素晴らしい世界だと。



見てごらん

空の虹はキレイだし

通り過ぎる人の顔も輝いている。



手をつなぐ人たちや 互いに挨拶を交わす人たち

彼らはみんな周りの人を愛している。



今は泣いてばかりの小さな子供も

やがて大きくなる

そして

彼らは私よりもずっと多くを学んでいく。

そんなときボクは思うんだ

なんて素晴らしい世界だと。

本当に心の底から思うんだ

この世はなんて素晴らしいんだと。





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2015年08月20日

そうしてまた夏は過ぎてゆく

皆が街に帰ってきたから

ボクはどこかに出掛けようか な。







お盆が終わると

ご先祖様が彼岸に帰るように

日は短くなり

海は人気が少なくなり

ツクツクホーシが鳴き出し

なんだか毎日が

うわべだけの暑さをまとった

夏の脱け殻みたいになる。



秋は朝晩の街路樹や建物の濃い陰の中に

ひっそりと身を潜め

知らずにそこを通ったボクを

その涼しさで驚かせる。



ボクは

意識して日向を歩き

夏の名残を感じながら

ぼんやりと

トレース とか

コピー とか

インスパイア とか

オマージュ とか

パクリ とか

複写 とか

反転 とか

偶然 とか

デザイナー とか

クリエイター とか

矜持 とか

モラル とか

責任 とか

お友達相関図 とか

受賞者と審査員の持ち回り とか

について

とりとめもなく考えている。



それらの言葉が表している事象を

「事実はどうなんだ」

の観点で見たときの見え方について

いろんな角度からケンショーしてみる。



それはボクにとって

暑さをしばし忘れさせてくれる行為である。



そんなことを頭の中でグルグルやりながらも

ひとつだけどうしてもひっかかっていることがある。



それは あのひとのHPの

「今回の事態について」と題された一文で

あのひとは「トートバッグ」を「トートバック」

と表記していることだ。

しかも2ヶ所も。



1ヵ所だけだったら

急いで作成したので校正漏れかなと

みることもできるけれど(普通はそれもないけど)

2ヵ所となると

これはもう誤字の校正漏れではなく

本人が「トートバック」と思い込んでいる

としか考えられない。



そんなことって あるかな。



業界であれだけの実績がある方で

ものづくりに関しては細部までこだわりつくすデザイナーが

しかもクライアントとの打ち合わせでは

幾度となく交わされ目にしたはずの単語を

間違えるかね。

しかも事務所の人も誰一人指摘しないのかな。



本丸もさることながら

こちらもどうしようもなく気にしているうちに

少しづつ夏が過ぎてゆくんだなぁ。









posted by 昨晩 at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月17日

そうしてまた日常に戻ってゆく





お盆休みが終わった。

かなりの人が明日からまた通常のシゴトに戻る。



ボクもそう。

土日だけのいつもの週末休みではあったけれど

まあいろいろリフレッシュはできた。





今年社会人二年目の長男が

数日間帰省していた。



一年間の研修を経て

今年四月に今の職場に配属。

出張や休日勤務など

それなりに忙しい毎日のようだ。



少し特殊な職場というか業務なので

話を聞くのが楽しい。



本人の希望とはいえ

その職場への配属が叶うとは期待しておらず

それゆえに本人が一番驚いていた。



数ヶ月前までは想像すらしていなかった仕事を

今やっていることに

本当に驚いていると言っていた。



人生って劇的に変わるんだね

だと。



そんな彼が家にいる間は

カミさんも楽しそうで

お互いに近況を話し合っていた。



家の中の雰囲気がいいのはいいものだ。



生きていくうえで大切なことはたくさんあるけれど

「いい気分」というのも

とても大切だと考えている。



ウンナンの気分は上々 というバラエティ番組がかつてあったけれど

気分上々というのは

ホント大切だ。



感情は大切だし

感情をコントロールすることは

さらに大切だ。



そういう意味で

気分上々でいられる人生を

ボクは目指している。



そんなことをぼんやりシミジミ考えた週末であったが

長男も昨日現在の住まいにもどり

彼もボクらもまた明日からいつもの毎日が始まる。



と思ったが

明日 現在就活中の次男が帰省する。

普段は音信不通で

懐が寂しくなったときだけ

他人行儀で丁寧なメールを送ってくるヤツから

どんな話が聞けるか

楽しみではある。



posted by 昨晩 at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月01日

happy surprise!















posted by 昨晩 at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | FUN! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

見えないことの不安より見えないがゆえに楽しみと感じるキモチよ出でよ





自分のキモチを不安にさせることを見るより

自分のキモチがキラキラすることを見るほうが

ゼッタイ正解。



年齢も境遇も環境も関係ない。

自分の視線くらいは自分でコントロールせよ。



posted by 昨晩 at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする