2014年08月28日

ごきげんよう、さようなら A

NHK朝の連ドラ「花子とアン」



主人公の花子は貧しい暮らしの中から

給費生として女学校を卒業した。



花子が学んだ女学校では

互いに「ごきげんよう」と

挨拶をする習慣があった。



卒業して

縁あってラジオ局で子供向けの朗読番組をもつことになり

番組終わりに

さようなら

と言うところを

ごきげんよう、さようなら

に変更したいと

上司に申し出る。



上司は

給費生のあなたには

ごきげんよう は似合わない

と見下した発言をする。



それに対して

花子は毅然として自分の思いを述べる。



ごきげんようは

さまざまな祈りがこめられた言葉だ と。



それは

どうか健やかにお過ごしください

という祈りだ。



人生はうまくいくときばかりではない。

病気になることもあれば

なにをやってもうまくいかないときもある。



健康な子も 病気の子も 大人も

すべての人が

明日も元気に放送を聴けますように

という祈りをこめて

番組を終わらせたい。



だから

ごきげんよう さようなら

と言いたい

伝えたい。






ごきげんよう

にホントにそういう意味があるかは知らないけれど

こういう話を聞くと

なるほど

それはそれでありだな

と思ったりする。



明日があるさ

ごきげんようッ








posted by 昨晩 at 02:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月27日

ごきげんよう さようなら

いつ書くか いつ書くか



我ながら思っていたが

ようやく今回書くことになった。



そう

NHK朝の連ドラの話。



基本見ていたし

今回もそれなりに楽しんでいる。





それ以上ののめりこみ方

まではいっていなかったため

特段今日まで書かずにきた。



それが

今日書く気になったのは

やっぱり言葉のチカラかもね。


posted by 昨晩 at 01:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

言えなかった「ありがとう」を今言おう

人は

今までの自分の人生を振り返ったときに

未だに少しほろ苦く感じる思い出が

あったりする。



それは

ごめん

とか

さよなら

とか

ありがとう

とかの

一言を

本来言うべきときに言えなかったときだ。



そんなときは

ずっとあとまで

そのことが

心の奥底に引っかかっていたりする。



感情のままに

相手を強い言葉で傷つけたとき

自分の勘違いで

相手に不信感を抱いたとき

家族や友人などが亡くなったとき

自分のために相手が協力してくれたとき



本来なら

どの場合でも

すぐにでも相手のところに直接出向いて

申し訳ない

とか

さようなら

とか

ありがとう



いう場面だ。





時の流れは

ありがたいものだ。



熱く感情的だった気持ちも

落ち着きを取り戻し

意地を張った

かたくなな心も

すっかり柔軟になり

照れくささで浮ついた気持ちも

常識をわきまえるようになった。



そんな今だからこそ

長年のモヤモヤに終止符を打とう。

言えなかった一言を

今こそ言おう。



ほろ苦い思い出を

これ以上作らないためにも

ほろ苦い思い出を

さわやかな思い出に変えるためにも

言えなかった一言を

今こそ言おう。



残された時間は

案外短いものだ。

気がついた今が

まさにベストタイミング。



あの時言えなかった「ありがとう」を



言おう。





かの時に言ひそびれたる大切の言葉は今も胸に残れど



言はざりし言葉は言ひし言葉よりいくばくか美しきやうにも思ふ 



亡き人を思へばどこかで鳩が啼く 言はざりしこと言へざりしこと





往く夏を惜しむが如く蝉時雨 今しなければ二度とできない



さりげなく言ひし言葉はさりげなく君も聴きつらむそれだけのこと



いま言わざれば言えぬ数々 口腔にひしめく時し土砂降りの雨




長き長き手紙を書かむと思ひしに ありがたうと書けば言ひ尽くしたり



伝はらぬ言葉はすでに打ち捨てむ あるじなきままゆれる蜘蛛の巣



ここまでできたと喜ぶべきことを、これしかできぬと言ひて嘆くか



語らひを重ねゆきつつ気がつきぬ われのこころに開きたる窓



時を経て 相逢ふことのもしあらば 語ることばも うつくしからん



大事なことって、ちゃんと言えるチャンスは少ないですね。








posted by 昨晩 at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月19日

それでも、前を向く。

ときどき

こころがかわいたなぁ〜

って感じたら

詩集を読む感覚で

広告コピー集をみる。



するとね

必ずあるんだな

そのときの心境にぴったりのコピーが。







◆JTのボトル缶コーヒー Roots 





見えない糸で

むすばれている。

彼女が言った。



見えない鎖で

つながれている。

僕は思った。



それでも

前を向く。







「俺が話をつけてくる」

上司が行った。



向こう側の人間になって

帰ってきた。



それでも

前を向く。







イヴの夜から

出張になった。



と彼女が言ってる。



それでも

前を向く。







明らかに

モテ期だ。



彼女が。



それでも

前を向く。








posted by 昨晩 at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月18日

奇妙な届け物

休日の昼前

チャイムが鳴った。

宅配便のようだ。



はて?

誰かなにか頼んだかしら?

心当たりがないまま

荷物を受け取った。



配達員が

ほんの少し

私のことを

ジッと見たような

気がした。



どうして

配達員がそんなふうに

私を見たのか

なんとなく

理由がわかった。



それは

たぶん

箱に原因があるのだろう。



逆の立場で

私が荷物を届けたとしても

私はきっと好奇心にまかせて

受取人の顔を

ジッと見ただろう。



その箱は

こんな箱だった。



jojo7.JPG



しかも

この面だけではなかった。



jojo6.JPG



となりも



jojo5.JPG



そのとなりも


jojo4.JPG



そして

箱を開けると



jojo3.JPG



お前は谷岡ヤスジかッ



おもわず

昭和のツッコミを入れてしまった。





中身はこれ。



jojo1.JPG



なにかきっと

奇妙な擬音がつきそうだけれど

あいにく知らないので

そのままじっと眺める。



jojo2.JPG



どうやら

友達から娘宛のプレゼントだったようだ。





ちょっと

シゲキテキな昼下がりだった。












posted by 昨晩 at 01:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月15日

逃げた者は、もう一度戦うことができる。

逃げてはいけない

逃げたら負けだ

逃げるのは弱い証拠だ



小さいときから

今日にいたるまで

ボクらは様々な機会に

時にダイレクトに

時に遠まわしに

こうしたことを言われてきた。



そして

それを信じてきた。



だから

辛くても

苦しくても

イヤでも

頑張ってきた。



それでうまくいくときもあったから

その考えが間違っているとは思わない。



だけど

いつだってその考えが正解だとも思わない。



逃げてもいいときもあると思うし

逃げなきゃダメなときも

あると思う。



問題は

原因や経緯がどうあれ

「逃げた」カタチになったときに

その後の長きに渡り

自分で自分を「逃げた」と

責め続けることにある。



いくら自分に逃げることの正当性を説明しても

心のどこかでは

納得していなくて

自分は弱い

自分はダメだ

自分が悪い



自分を傷つけ続けてしまう。



なぜ納得しないのだろう。



それは

たぶん

逃げることに

前向きなイメージがないからではないかと思う。



逃げて終わり

逃げてそのまま

逃げて逃げ続ける



そんなイメージを

無意識に持ってしまっているからだと思う。

勝ちに行くイメージが持てないからだと思う。



だから

こう考えよう。



逃げた者は、もう一度戦うことができる。



今はいっとき引くだけだ。

準備をし直して

もう一度挑戦するんだ。

もう一度戦うんだ。

勝つまでやるんだ。

何度でもやるんだ。

そのための一時的な仕切り直しだ

と考えれば

逃げることを恐れ

そのままつぶれてしまうことを防ぐことができるし

自分を責めることもない。



逃げるのはいっときのこと。

また戦うための一時的な撤退だと思えば

もっと気楽に物事に取り組めるのではないだろうか。



posted by 昨晩 at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月14日

笑顔のチカラ

対立が続くインドとパキスタン

その両国に

コカ・コーラ社が1台づつマシンを置いた。



それぞれのマシンの前に立つと

相手国にあるマシンの前にいる人を

見ることができる仕組みになっている。



そして

マシンから両者に次のような指示が出される。



・相手と手と手を合わせる

・踊る

・ピースマークを指でなぞる



これを双方がクリアすれば

マシンからコーラが出てくる。



政治的に対立している両国の人たちが

笑顔で盛り上がる様子は

見ているこちらまで

楽しくなってくる。








posted by 昨晩 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | FUN! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ではまた、明日も明るく!!

本屋で

「ではまた、明日」(草思社)

という本を見つけた。



高校3年生のとき 

18歳でガン宣告され

11ヶ月の闘病生活の末

早すぎる生涯を閉じた

西田英史君の日記を本にしたものだ。



彼は闘病中

「明るく振舞う」ことを決意して

毎日の日記も

必ず

「明日も明るく!!」

と書くようにした。



余命宣告されてるにもかかわらず

そう感じさせない彼の明るさ。



わずか18歳の青年が

どうしてこんなにも強いのだろう。



とにかく

彼の素直さと

正直さと

強さと

誠実さは

素晴らしく

人間の持つ可能性や能力には

驚くばかりだ。



明日が来ることを当たり前に考え

毎日を無為に過ごしている自分が

恥ずかしくなる。




彼の母親が詠んだ短歌が巻末にある。



『軽いものならまだ大丈夫』と病む吾子は我の洗ひし箸を拭きたり



『18年育ててもらって恩返しできない』とふ吾子に『十分もらったよ』と答える



 18歳の吾子は逝きたり溢れるほどの優しさと強さを我に残して



 いかなる時も平静に病と闘ひし吾子はいくつも我を越えたり 





彼の最後の日記は

ではまた、明日も明るく!!

で終わっている。



ではまた明日 -
ではまた明日 -










posted by 昨晩 at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月13日

ありのままで

「ありのままで」



多くの女性に歌われ

支持されているのは

現実が

「ありのまま」ではないから。



無理して

作って

装って

自分ではない誰かを演じて

あきらめて

割り切って

自分を殺して

いる現実にホトホト嫌気が差して

そうではないホントの自分になりたい欲求MAX

だったんだろう。





昔 NHKに

「明るい農村」という番組があった。



一見すると

農業は楽しい

農業の将来は明るい



感じさせるタイトルだが

一部では

現状が明るかったら

わざわざ「明るい」なんて言わないよな。

現状が「明るくない」から

あえて

「明るい」とつけたんだろう、

などと

うがった見方をされていた。





「ありのままに」

のヒットは

「そうありたい」と潜在的に願う気持ちの総量が

飽和状態だったところに

タイミングよく公開されたから

という気がする。

いわば

「待ってました」状態だった と。





posted by 昨晩 at 02:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月11日

人生は素晴らしい

今日読んだ本に

こんな話が載っていた。





ある女性が大学卒業後にウツになった。



こんな自分でも

なにかできないか

誰かのために

役に立つことはできないか

そう考えてはじめたのが

手書きのラブレター



彼女は誰にというのでなく

ラブレターを書いては

それを

喫茶店や図書館にそっと置いてきた。



この手紙を受け取って読んだ人が

幸せになりますように

との思いをこめて

彼女は手書きのラブレターを書きつづけた。



そうした行為が彼女にとっては

とても救いになった。



次に彼女は

自分のブログで

ラブレターを受け取りたい人を募集して

本格的にラブレターを書き始めた。



多くの人に手紙を書くうちに

彼女は気づいた。

手紙は

送る人にも受け取る人にも

両方に癒しがあると。



そこでこの活動を本格的に始めるために

協会を立ち上げ

ボランティアを募った。



そうしてできたのが

The World Needs More Love Letters





この話を読んで思い出したのが

この記事だ。



世の中には

すごい人がいるなあ。



年齢や立場や環境など関係なく

自分にできることをする。

それを続ける。



そうすることが

人を動かし

少しずつ広がり

ときに大きな運動になる。



目的があったわけではない

名誉やお金を求めたわけでもない。

内なる衝動に駆られて

そうせざるをえない何かに動かされて

やった結果が

本人も予想もしないところにたどりつく。



意図があってはできないことだと思う。

世の中は不思議だし

人間て素晴らしい。








posted by 昨晩 at 03:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月10日

ありがとう

ぼくにはできない忍耐と

愛情で

愚痴もいわず

やけにもならず

ひとりでがんばってくれた。



ともにそだてた



きみはいうかもしれないけれど

そうじゃない。



あのたいへんな一年をのりこえたのは

まちがいなく

きみのちから。



こころから

ありがとう








posted by 昨晩 at 03:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月09日

痛車なう

image-000ff.jpg
なんだか自分のテンションが変

悪くない。

先週のレップジャパンに似た気分。

image-91e2d.jpgimage-6aec8.jpg
image-fe0a1.jpg



posted by 昨晩 at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

どれだけ考えたかではなく、どれだけ動いたか。

質と量は比例する。



たくさん動けば

精度が高まり

うまくいくことが増える。



ダメなやりかたを

ひとつずつ消していくことになるから。



ぐるぐる考えている間に

具体的にひとつ動く。

ダメならまた動く。

さらに動く。



遠回りをしているようで

結局これがいちばん早い。



うまくいくためには

どれだけ考えたかではなく

どれだけ動いたか

である。




posted by 昨晩 at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月04日

ちひさきものはみなうつくし。

雛の調度。

蓮の浮葉のいとちひさきを、池より取りあげたる。

葵のいとちひさき。

なにもなにも、

ちひさきものはみなうつくし。



いみじう白く肥えたるちごの二つばかりなるが、

二藍の薄物など、

衣長にてたすき結ひたるがはひ出でたるも、

またみじかきが袖がちなる着てありくも

みなうつくし。



八つ、九つ、十ばかりなどの男児の、

声はをさなげにて書読みたる、

いとうつくし。



                                    ■枕草子 / 清少納言






清少納言が愛した小さなものは

本質的には

小さいもの

少ないもの

成熟していないもの

未完成なもの

不完全なもの

であり

それらが持つ

純粋なところをかわいいと思ったのだろう。



勝手な解釈をすれば

合理的でないもの

効率的でないもの

打算的でないもの



惹かれるところや

落ち着くところ

これが本来だろうなと思えるところ

を感じたのだろう。



小さなこどもを見ていやされると感じるときの

おとなの状況って

むかしもいまもたぶん

かわっていないんじゃないかな。



ちいさなものは みな 愛おしい。












posted by 昨晩 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 本日のお言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする